幻桜記妖姫奧乃伝ー花降る里で君と
聖を追いかけて、礼太たちは屋敷の外へと飛び出した。


暗くて何も見えないが、音で聖が雑木林の中を進んでいるのが分かる。


「聖!待ちなさい!」


夜目のきく華澄が叫びながらあとを追いかけるので、慌ててその後を追う。


地面を踏む音と、自分の荒い息だけがやけに鮮明だった。


闇が迫ってくる。


礼太は不安とかすかな恐怖を飲み込んで、ひたすら進んだ。


「どうしようっ、譲葉の気配も消えちゃった!聖、ひじりっ」


完全に見失ってしまった。


華澄が取り乱す声が夜の山に響く。


高い声には涙が滲んでいて、礼太は思わず妹の身体を引き寄せた。


「落ち着いてっ、ね?」


顔を覗き込むと、華澄がハッと息をのんで、バツが悪そうな顔をした。


「ごめん………わたし……」


「姉さん……兄さん」


囁くような声が闇の合間に聞こえて、礼太は恐る恐るそちらを向いた。


「……聖っ」


駆け寄って、佇む小さな身体をぎゅっと抱きしめる。


よかった、ちゃんといた。


「……あ、あんたっ、なんでいきなり…こんな場所で、しかも夜で!誘引体質のあんたが一人でうろついたら……なにがあるか………」


半泣きで責め立てる姉に、しかし聖は疲れたような表情を見せるだけだった。


「…ご、め……」


聖の口が、ん、と紡ぐ前に、強い風が突然草木を揺らした。


なぜか懐かしく、そしておぞましい、黒い風だった。


「………来た。」


そう言った聖の顔が恐怖で引きつる。


見れば華澄も、カッと目を見開いている。


「なに?」


二人のただならぬ様子に尋ねれば、聖が小さく鋭い口調で言った。


「魔だよ、魔がくる」


その言葉の意味を脳で咀嚼する前に、急に身体が石みたいになって動かなくなった。


倒れこんだ礼太の身体を、華澄がずるずると引きずって大きな木の元に寄せ、その木の幹にお札を貼るのが見えた。


どうやら、身体が言うことを聞かなくなったのは華澄が何か術を施したせいらしい。


「これで兄貴は大丈夫、あとは………」


華澄が聖に言うのが聞こえた。


瞬きすら出来ない。


目を保護する為の涙があふれる。


再び、黒い風が吹いた。


礼太も確かに、何かが来るのを感じた。


おぞましくて哀しい、吐き気をもよおさせる何かだ。


必死で身体を動かそうとするが、退魔師の術に抗するすべなど礼太にはない。











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