あなたと私のカネアイ
「結愛!」

 今度は円の声だ。だけど、振り返る気になんてなれなくて早足で歩いた。

「結愛! ちょっと待って」

 グッと腕を引かれて立ち止まると、円は困惑した表情で私を見てそれから私の家を振り返る。
 閉まった玄関の扉の向こうでは、たぶんお母さんが泣いてるだろう。

「ああいう人なの。泣いてるのだって本当かどうか、わかったもんじゃない。感情的になると、私が呆れて黙ると思って癖になってるだけだから」
「それでも、最後の一言は効いたんじゃないの?」
「あれが正直な気持ちなの」
「結愛」

 咎めるような声色に、円にもイライラしてくる。
 完全に八つ当たりだけど、今は私も感情的になってる。

「お説教はいらない。お節介を焼きたいなら、お母さんのところに戻って慰めてあげたら?」
「結愛。俺が結愛を追いかけてきたのは、結愛に俺が必要だからだよ?」

 ふわり、と円の匂いが鼻をくすぐったと思ったら、ギュッと抱きしめられた。

「お説教は必要ない。結愛だってわかってるでしょ? 自分がひどいことを言った自覚があるくせに、泣きたいくせに、強がってる」

 なんでわかるんだろう――そう、思ってしまったら鼻の奥がツンとした。

「俺に甘えてって、言ったでしょ?」

 ポンポン、と頭を優しく叩かれて涙が溢れた。
 それを見られたくなくて円の胸に顔を押し付ける。柔軟剤の匂いが私と同じ……そんな些細なことに今更気づいて、円が私の夫なんだと実感する。
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