あなたと私のカネアイ

深く、キス

 マンションに戻ると、円は私をソファに座らせてコーヒーを淹れてくれた。
 何も聞かず、マグカップを持ったまま私の隣に座っている彼は、ついてもいないテレビを見つめている。
 みっともない姿を見せた。
 子供みたいに反抗して、家を飛び出すなんて自分でもバカみたいだって思う。
 それに、あんな風に泣いて円に抱きついてしまったからか恥ずかしくて顔を上げられない。
 円がコーヒーを飲む微かな音が響いて沈黙を強調する。しばらくして、彼はマグカップをテーブルに置いた。

「結愛はさ、我慢しすぎなんじゃないの?」

 静かに切り出したのは、円の方だった。

「自分の気持ちを話すのは、怖い?」

 怖い――そうじゃ、ない。

「面倒、でしょ……」

 思ったよりも声がでなくて、唇を噛んだ。
 人に感情をぶつけるのは面倒だ。わかってもらえない気持ちなら尚更、反論されてイライラするだけだから。そんな時間は余計な負の感情を生む無駄なものだ。
 私が求めているのは模範解答じゃないのに、皆が私の気持ちを正そうとする。
 どうして……他人と同じように考えていないといけないの? 私が、悪いの?
 口を挟みたがる人間にはうんざりだ。

「……私、そんなに間違ってる?」

「何が」とは言わなかったけど、たぶん円はわかってくれてるだろう。
 彼は肯定も否定もせずに、私の言葉を待っている。
 その沈黙に押されるように開いた唇からは、震えた声が漏れた。
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