あなたと私のカネアイ
「ねぇ、結愛。これは『必要』だよ。人が多いからはぐれないように」
「はぐれても携帯があるじゃない」
「うん。でも、未然に防ぐ方法があるならそれを実行するべきでしょ? 備えあれば憂いなしってことだよ」

 一人で納得したように頷いて再び歩き出した夫に手を引かれれば、当然、私も彼について歩かなきゃならない。
 手を取ったのが円で良かったって思ったのは本当だ。知らない人に触れられるより、少しでも私に近い存在の方が、抵抗が少ないのは当たり前のこと。
 でも、こんな暑い夜に人ごみという熱気の中で繋ぐ手は暑苦しい。汗をかく。こんな手は、早く離して欲しいのに。
 くっつきたくない。一部でも、人と触れているのは居心地が悪い。
 だけど……なんで? 円に触れられるのは、思っていたより嫌じゃなかった。
 形だけでも夫だから? やっぱり一緒に暮らして情が湧いた? 円の言うように『必要性』という理由があるからかもしれない。
 暑い。今日はこんなに暑かったっけ。
 こんなの変だ。私、こんなに暑がりじゃないのに……

「結愛、何食べる?」

 ぐるぐると考えていたら、声を掛けられてハッとする。
 でも、咄嗟に何も答えられず、それを不思議に思ったらしい円が少し首を捻って私を振り返る。
 見返り美人、というのは女性の特権じゃないの?

「結愛」
「あ、えっと……あ、あんず、飴」

 咄嗟に周りを見回して一番に目についた看板の文字を読み上げれば、円がフッと笑った気配がした。
 あんず飴の屋台に向かいながら「じゃんけんに勝って俺のもゲットしてね」という彼の笑顔が私のペースを乱すのに、不思議とイライラはしなくて、それにまた戸惑って……
 浴衣なんて非日常アイテムを使われたせいだ。調子が狂う。
 暑い。

 ギュッと握られた手が、熱い――
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