あなたと私のカネアイ
「あ、結愛。おかえり。長かったね」

 部屋に入ると円はにこやかに出迎えてくれた。スウェットとTシャツといういつもと変わらない格好だ。
 とりあえず、普段通りだということにホッとして、なぜか元通りになっている布団を無言で引っ張った。

「ちょっと、結愛。それって結構傷つくんだけど……なんていうか、娘に嫌われてる父親みたいな気分」
「円は私の父親じゃなくて夫でしょ」
「嫌われてるってところは否定してくれないの?」

 好きじゃないけど嫌いでもない。否定も何も、そんなことは最初からわかってることなのに、何度も同じようなことを聞く彼の扱いは面倒だ。

「そういう約束だったじゃない」
「俺は、結愛が少しずつ俺に心を開くことを期待して聞いてるんだよ」

 そんなことを続けて言う円は、再び私が作ったバリケード代わりのブランケットを取って、自分のお腹に掛けた。
 一方の私は、彼に背を向けてサッサと布団に入る。
 目を瞑ってしばらく背中に視線を感じていたけど、ごそごそと円が動く気配がして電気が小さいものになった。それからクーラーのリモコンを操作する音が聞こえる。たぶんタイマーをセットしたんだろう。
 オレンジ色の薄暗い部屋、先ほどよりも静かに思えるのは円が黙ったからだけじゃなく、きっと暗がりという視覚的要素も影響している。
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