本当はね…。
勉強開始から一時間半くらいが経った。
私はキリが良かったから、少し休憩。
………。
…それにしても…。
やっぱりこの人たち、集中力すごいんだね。
隣のユキ先輩はヘッドフォンを耳に当てながらノートにスラスラと日本文を書いてる。文の堅い感じと机に出ている教材からして、教科は英語?日本語訳みたい。ということは…、ユキ先輩が涼しい顔して聴いているのは英会話とか何かだろう。……。日本語を聴いてそのまま写すようなスピードでユキ先輩は和訳してる。可愛い顔して物凄いスペック。
そして、その前ではカオル先輩が黙々と数式を解いている。見たことない記号ばかりだ。でも、カオル先輩の手が止まることは無く…。考えてる時間はどれくらいなんだろう?しかも楽しそう。カオル先輩は理数系なのかな?
それから、ソファー組のお二人。
ミサキ先輩は…確実に教材が高2の物ではない。……。チラッと見えた参考書には「高3の夏」という文字。
…彼の体内の時間の経過の仕方は狂っているのではないだろうか…。多分一年くらい。
凄まじい三人の先輩。…に比べて。例外が一人。
佐々舞尋……。
ヤツは教材一つさえ机の上に出していない。ミサキ先輩のお向かいで静かに読書。耳にはイヤフォン。
………。あの野郎…。なんて嫌味なヤツなんだ。
なんて思っていると…。
佐々舞尋と目が合った。…っ‼‼‼‼
私の視線に気づいた佐々舞尋は首を傾げた。何か用か…とでも言うように。
私が固まっていると、佐々舞尋は不思議に思ったのか右耳のイヤフォンを外し、読んでいた本を閉じた。
…タイミング逃した…。
目を逸らすにも逸らせないし…。
佐々舞尋はこちらを見つめたまま。
どう誤魔化すか。見ていたなんて言いたくない。
………困った。
と、その時。
「ふぅー。疲れたぁ。休憩しよぉっと。」
私の隣からユキ先輩の声。その声に反応してカオル先輩もミサキ先輩も、伸びをしたり首を回したりして休憩に入る様子だ。
今まで固まっていた私の体もユキ先輩の声でほぐれた気がする。
そのおかげで佐々舞尋から目を逸らせた。
……。
とにかく。この人たちは凄いってことだ。
「チサちゃん、捗ってるぅ?」
気が抜けてたというか、驚いて何も言えなかったというか…。そんなところにユキ先輩。
「…ま、まぁまぁですかね。」
皆さんと比べちゃうとね…。ていうか、二年生のテストってそんなに難しいの?
「あ、あの。先輩達は前回どんな感じだったんですか、テスト。」
休憩の雰囲気だし。なんか自分達から言わなそうな人達だし…。とりあえず同じテーブルにいた二人に聞いてみた。
「僕ぅ?僕はねぇ、そんなに良くなかったかなぁ。」
「あれ?ユキ何位だっけ?」
「多分ねぇ。前回はカオルに負けてたかな。数学がひどかったんだぁ。4位だったかな。」
「あー…数学かぁ。ユキは文系だもんな。」
………。4位?学年で?4位で良くなかったの?求めるレベルが高すぎなんじゃ…?
「…カオルは前回3位でしょぉ?カオルは理数系強いもんねぇ。」
「前回はね…。でも今回は文系教科が多いからね。ユキには勝てないよ。」
…。え。カオル先輩3位なの?
ユキ先輩はやっぱり文系なんだ…。
驚きすぎて、聞いた私自身が何も言えなかった。
……でも。
「…でも、先輩達よりも上がいるんですよね?」
3位と4位。ということは、その上にまだいるってことでしょ?一体何者だ。
「もちろんっ。いるよぉ。あそこにね。」
ユキ先輩の指差す先には…。
ソファー組のお二人が…。
「やっぱりミサキ先輩か…。」
まぁ…、予想はしてたけども…。
………ん?でも、もう一人いるはず。
「ミサキ先輩と張り合える人が居るんですか…。その人も大分すごいですね。見てみたいです。」
会える機会があれば、ぜひ勉強を教えてもらいたいくらいだ。なんて本音を漏らしていると…。
二人は顔を見合わせた。そして、少し笑った。
「千咲ちゃん。教えてもらえば?あいつ教えるの上手いし。」
「そぉだねぇ。わかりやすいしねぇ。」
「………?」
………え?会話が噛み合ってない?
「いや…。あの…。ミサキ先輩に教わるのは…ちょっとぉ…。」
そういう意味で言ったんじゃないんだけど、一応…念を押しておく。ミサキ先輩に教わるなんて、ある意味自殺行為。スパルタすぎて、メンタル持たない。
すると今度は二人に大声で笑われた。
「違う違う。さっき言ったじゃん。あそこにいるって。」
………え?どういうこと?
ミサキ先輩でしょ?それはわかってるんだけど?
私の困惑する表情にユキ先輩が答えてくれた。
「僕らの上には二人居るんだよぉ?それがあそこの二人。」
……一瞬本気でユキ先輩が何を言ってるのかよくわからなかった。
…え。嘘でしょ⁉あの二人って…。
「佐々舞尋ぉ⁉」
驚きのあまり大きな声が…。
私の反応にテーブル組の二人の先輩もびっくりしている。
………あ。やべ。
声がデカすぎた…。気づいたのが…
「俺がどうしたって?」
「…や…別に…。」
遅かったか…。やっぱり聞こえてたよねぇ…。
完全にやらかしたオーラ全開の私。
「悪いことは話してないよぉ?チサちゃんがねぇ、前回のテストどんな感じだったかって言うから僕らは順位を教えてただけだよぉ?」
ユキ先輩の助け舟。タイミングの良さに感動。…が、しかし。
「テストと俺が呼び捨てにされる事とはどんな繋がりがあるんだ?」
佐々舞尋は納得してくれるはずもなく、チクチクと毒を吐く。
「俺らの上にいた人を紹介してただけだよ?ね、千咲ちゃん。」
ここにも救世主。カオル先輩に感謝。…けど。
「ほぉ…。…だからって俺が呼び捨てにされた理由にはならないんじゃないか?」
この人は……変な所で正論を述べる。
こんな状態の佐々舞尋に、貴方が上位にいることが予想外すぎてつい叫んでしまいました、なんて言えるわけない…。
どうするか…。何か言い訳を…。
なんて考えていると…。
「…理由になるでしょ。」
ソファーの方から声が…。
あーあ…。忘れてた。あの人が居たんだった…。
「どういうことだ、ミサキ。」
ヤバい。ヤバいよ。
パニックの私とミサキ先輩の目が合った。
お願いします。余計なことだけは…言わないで下さい。
もはや願うというより念じるレベル。
すると、その思いが伝わったのか…。ミサキ先輩がニッコリと微笑んだ。正直者ホッとした。
……だが、忘れていた。相手が普通の人ではなく、あのミサキ先輩だということを。気づくのが少し遅かったようだ…。
「そんなの、舞尋が上位にいるなんて信じられないからに決まってるじゃないか。ねぇ、七瀬。」
…………。
…終わった。空気が一瞬にして凍りついた。
「……おい。七瀬…。お前ちょっと隣の部屋に来い。」
………。ドスのきいた声だった。
もう…諦めよう…。
荒々しく部屋を出て行く佐々舞尋に少し間をあけて着いて行った。
部屋を出る直前にミサキ先輩の方を見ると、すっごく幸せそうな顔をしていた。
…誰のせいでこうなったと思ってんだ…。なんて、口が裂けても言えなかった。