優しい手①~戦国:石田三成~【短編集】
「撫子や…お前に大切な話があるんじゃ」


「父様…どうしたの?大切な話ってなあに?」


17になる直前の春。

隙間風が絶え間なく吹くような、少し傾いた家…いや、家とも言えないようなあばら家に住んでいた撫子は、くたびれきって実際の歳よりも10は老けてみえる父に呼びかけられて、ささくれ立った畳に座った。


だが父も母も無言で、一向にその大切な話とやらをしそうにない。

これから小さな畑に植えた野菜の収穫をしに行こうとしていた撫子は、そわそわしながら両親が口を開くのを待っていた。



「大切な話は後でもいい?私畑に水を…」


「…お前が生贄に決まったんじゃ。…決まってしもうた…!すまん、撫子…!」


「……え?」



聞きたくない言葉だった。

今年は村の外れに建つ毘沙門天を祀っているお堂で、五穀豊穣と世の安寧を願って贄を捧げると庄屋から通達があったのだ。

贄とは大抵が巫女であったり貴き身分の者が選ばれるはず。


それなのに――


「この村で1番美しい娘を捧げよと…!それでお前が選ばれてしもうた…!撫子よ、儂らは反対したんじゃ。だが…」


「…はい。…父様…母様…私が選ばれたのは名誉です。それに父様と母様に良い暮らしを約束して下さるんでしょう?とてもありがたいことです」


長らく、この生活から抜け出したいと常々思っていた。

だが老いてゆくばかりの両親から離れることができず、お洒落もせずに畑に精を出してなんとか生きてきたのだ。


その日暮らしの両親に、良い生活をさせてあげられる――

…今まで恋をしたことがなかったことが悔いだけれど、選ばれたことを誇りに思わなければ…やっていけない。


「毘沙門天様の供物となり、五穀豊穣と世の安寧をもたらす重要なお役目…果たさせて頂きます」


「撫子や…撫子…!」


縋り付いておいおい泣く両親の肩や背中を撫でて別れを惜しんでいると、外で大きな声が聞こえた。


「撫子は居るか。庄屋様がお会いになる。今すぐお屋敷まで出向くように」


「はい」


1番美しい娘と言われたことが嬉しい。

誰にも言われたことがなかったけれど、きっと最期は綺麗に着飾ってもらって幸せなまま毘沙門天の元へと行けるだろう。


「嬉しい…」


心からの本音だった。
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