優しい手①~戦国:石田三成~【短編集】
「左京、今から毘沙門天様に捧げる生贄の巫女が来る。お前も立ち会いなさい」


「嫌ですよ、私は御仏も信じていませんし、生贄…?とやらにも興味はないんです。ああそうだ父上、馬を借りてもいいでしょうか」


「また出かけるのか。お前にはそろそろ腰を据えて家業を手伝ってもらわなければ」


「ふふふ、私は庄屋様なんて向いていません。じゃあ行ってきます」


団扇を扇ぎながら顔をしかめる父に涼しい笑みを返して大広間を出た左京は、ため息をついて廊下をひたひた歩いていた。

父は村を取り仕切っている庄屋で、自分はひとり息子。

家業を継ぐのが当然だと思っている両親に対して、それに興味のない息子。

いずれは継ぐかもしれないが、今は遊んでいる方が楽しい。

左京は垂れた目を擦って欠伸をひとつすると、ぽそりと呟いた。


「巫女、か。人を供物なんかにして何が楽しいのかな」


周囲の連中が自分のことをなんと呼んでいるのかも知っている。


“庄屋の放蕩息子がまた女遊びをしている”


そう揶揄されていることを知っているけれど、事実なので気にしない。

生まれ育った村は500人規模のそれなりに大きな村だが…この村の女に手を出せばいずれ跡取り問題などに発展すれば面倒なことになるので、馬を飛ばして1時間ほどの隣村で遊ぶことにしている。


「今日はどうしようかな…。先日出会った大人しめの娘にしようか。私を気に入ったようだったし」


親の金で遊ぶ放蕩息子。

湯水のように使っているわけではないが、毘沙門天を熱心に信仰する親や村人の心を理解できない。

理解できないことだらけの村に愛着のない左京は、馬屋へ行って黒毛の馬に乗ると、軽く腹を蹴って緩やかな丘を下る。


そして途中、丘を上って来るひとりの女と――すれ違った。

無造作に束ねた長い黒髪の、目元がとても優しそうで少し垂れ気味の瞳。

化粧っ気が全くないのに唇は真っ赤で、とても粗末なぼろきれのような擦れた着物を着たその女に、視線が釘付けになった。


「今の女子は……」


手綱を引いて馬を止めた左京は、女が戸を叩くと中から出てきた父に迎えられて消えて行った女が例の供物の巫女だと確認して息が詰まった。


「あんな綺麗な女子…見たことがない…」


これがはじめての一目惚れの瞬間。

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