優しい手①~戦国:石田三成~【短編集】
撫子は急に部屋に乱入してきた男に見惚れてしまっていたことに気が付いた。
連れ出されてもなお廊下で騒いでいる声が聞こえたが、目の前に座っている庄屋の主人は髪をがりがりかき上げてやれやれと声を上げる。
「今のはうちの一人息子で左京という。道楽好きで放蕩息子なんだが何故か人に好かれてなあ。全く申し訳ない」
「左京様…とおっしゃるのですね。突然のことで…驚きました」
伏し目がちに微笑んだ撫子の美貌は稀有で、どこかの名家の娘と言ってもいいほどにしとやかで清楚だった。
こんなきれいな娘が村の片隅にひっそり住んでいたことすらほとんど知らずにいた庄屋は、久々に行われる毘沙門天に最上最高のものを捧げるために色々探していたのだが――やはり供物には美しい女がいいという結論に達し、使用人たちに村で1番美しい女を捜させていた。
それが、撫子。
呼んで見て分かったことだが、確かに美しくて綺麗で…左京の嫁にしてもおかしくはない。
現に左京は見惚れていたし、身分さえ合えば――あるいは嫁になっていたかもしれない。
「そなたは明日より毘沙門堂から出ることはできなくなる。それまでに近しい者との別れを済ませるように」
「はい」
「衣食住は心配せずとも、毎朝お堂の階へ置いて行く。人に見られぬように気を付けなさい」
「はい」
「明日輿や衣装を届けさせる。これを持って行くといい。親御と食べなさい」
庄屋が机の上を指すと、撫子は大量の山菜や海産物を見て顔を輝かせた。
こんなに豪勢なものは今まで食べたことがないし、きっと両親も喜ぶだろう。
畳に頭がつくほど深々と頭を下げた撫子は、使用人に伴われて廊下に出た。
静かになったのでもう去ったのかと思っていた左京は…部屋を出てすぐのところに立っていた。
「左京……様…」
「人が供物になるなんて間違ってる。他の方法を今から考えよう。父上!」
「ならぬ、もう決まったことだ。さあ撫子、この者たちと戻りなさい」
「…はい」
左京と目が合わないように視線を落としたまま、撫子が脇を通り過ぎる。
左京はその細い腕を掴もうとしたが、父に腕を掴まれて咎められた。
「供物の巫女に触れてはならん。いいか、撫子のことはもう決まった沙汰だ。お前の出る幕はない」
「そんな……」
絶句したが――左京は諦めなかった。
あの人を独りにしてはいけない、と使命感のようなものを帯びて、唇を噛み締めた。
連れ出されてもなお廊下で騒いでいる声が聞こえたが、目の前に座っている庄屋の主人は髪をがりがりかき上げてやれやれと声を上げる。
「今のはうちの一人息子で左京という。道楽好きで放蕩息子なんだが何故か人に好かれてなあ。全く申し訳ない」
「左京様…とおっしゃるのですね。突然のことで…驚きました」
伏し目がちに微笑んだ撫子の美貌は稀有で、どこかの名家の娘と言ってもいいほどにしとやかで清楚だった。
こんなきれいな娘が村の片隅にひっそり住んでいたことすらほとんど知らずにいた庄屋は、久々に行われる毘沙門天に最上最高のものを捧げるために色々探していたのだが――やはり供物には美しい女がいいという結論に達し、使用人たちに村で1番美しい女を捜させていた。
それが、撫子。
呼んで見て分かったことだが、確かに美しくて綺麗で…左京の嫁にしてもおかしくはない。
現に左京は見惚れていたし、身分さえ合えば――あるいは嫁になっていたかもしれない。
「そなたは明日より毘沙門堂から出ることはできなくなる。それまでに近しい者との別れを済ませるように」
「はい」
「衣食住は心配せずとも、毎朝お堂の階へ置いて行く。人に見られぬように気を付けなさい」
「はい」
「明日輿や衣装を届けさせる。これを持って行くといい。親御と食べなさい」
庄屋が机の上を指すと、撫子は大量の山菜や海産物を見て顔を輝かせた。
こんなに豪勢なものは今まで食べたことがないし、きっと両親も喜ぶだろう。
畳に頭がつくほど深々と頭を下げた撫子は、使用人に伴われて廊下に出た。
静かになったのでもう去ったのかと思っていた左京は…部屋を出てすぐのところに立っていた。
「左京……様…」
「人が供物になるなんて間違ってる。他の方法を今から考えよう。父上!」
「ならぬ、もう決まったことだ。さあ撫子、この者たちと戻りなさい」
「…はい」
左京と目が合わないように視線を落としたまま、撫子が脇を通り過ぎる。
左京はその細い腕を掴もうとしたが、父に腕を掴まれて咎められた。
「供物の巫女に触れてはならん。いいか、撫子のことはもう決まった沙汰だ。お前の出る幕はない」
「そんな……」
絶句したが――左京は諦めなかった。
あの人を独りにしてはいけない、と使命感のようなものを帯びて、唇を噛み締めた。