優しい手①~戦国:石田三成~【短編集】
早朝のうちに宿屋を出た。

クロの鼻面を撫でて優しい言葉で労ってやっている謙信を真似てクロの耳を掻いてやると、嬉しげに尻尾を立てて何度も首を下げる。


「クロちゃん今日もお願いね」


「ぶふんっ」


「さあ行こうか」


のんびり口調なので気は締まらないが、これが謙信。

ひとたび戦になればどれほど恐ろしい相手なのか――何度も間近で見てきた桃はそれを知っている。


「謙信さんってほんとギャップがすごいよね」


「ぎゃっぷ?意味がわからないんだけど誉め言葉なのかな?よしこうしよう、次の村に着くまでの間、私に南蛮語をいくつか教えること」


「政宗さんなら沢山知ってると思うよ?」


「眼帯くん?うーん、彼が来るとうるさいし兼続に怒られるから、君に教えてもらった方が私も嬉しいし」


桃が前に乗り、謙信が桃の腰を支えつつ手綱を一緒に持って駆け足で飛ばす。

クロはただの馬ではなく軍馬なのでとても速いしスタミナもある。

気分よく飛ばしていると、突然横道からウサギが飛び出してきて驚いたクロが急ブレーキをかけた。


「おっと、危ない」


「きゃあっ?!」


前方に投げ出されそうになった桃の身体に片腕を回して強く引き止めた謙信、何故かにやにや。


「あ、ありがとう謙信さん。びっくりしちゃった…」


「役得役得」


「え?何が?」


「気付いてないなら別にいいんだけど、一応言っておこうかな。今私の左手はどうなってるかな?」


桃がそろりと視線を落とす。

謙信の左腕は――しっかり胸に回されていて、鷲掴みに近い状態でまた桃の絶叫が轟いた。


「きゃあっ!ちょ、ちょっと謙信さん!」


「わざとじゃないよ、私は君を助けたんだからお礼のひとつくらい言ってくれてもいいんじゃないかなあ」


有無を言わさずにこにこしている謙信。

桃はどうにかこうにかして謙信の腕を外すと、真っ赤になりながら口ごもった。


「あ…ありがとう、謙信さん」


「どういたしまして。桃は私の子を産む唯一の女子なんだから、身体を大切にね」


にこにこ、にこにこ。

結局謙信を言いくるめることは桃には高等技術すぎてできなかった。
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