優しい手①~戦国:石田三成~【短編集】
半日ほど過ぎた夕暮れ時にやっと次の村に着いた桃は、よく走ってくれたクロの鼻面を撫でて労をねぎらうと、手綱を引いて村へと入った。

そこそこ栄えているのか道は整備されているし、住宅街と繁華街で綺麗に分かれている数百人規模の村だ。


「やあ、やっと着いたね!疲れたぁー。でもクロちゃんが一番疲れてるよね」


「まずは馬屋のある宿屋捜しかなあ。一番大きな所ならあるだろうから少し歩いてみようか」


謙信は上品な男だ。

立ち振る舞いも気品があって常人ではないと感じさせる。

あちこちで客引きを行っている男や女たちも謙信を見止めるなり声をかけるのも忘れて見入ってしまうほどの威力の持ち主だ。


「謙信さんって…ほんっと不思議な人だよね」


「そう?まあ私はお殿様だからそれなりに厳しく育てられたからねえ」


あくまでのんびり口調。

夕暮れになっても人が多いので離れないようにぴったり引っ付いて歩いていると、下世話な客引きを行っていない一件の宿屋にたどり着いた。

暖簾を潜って中へ入るとこれもまた上品げな女主人が出て来て謙信を見るなりぽっとなる。

ぴりっとした桃は、しっかり謙信の腕に抱き着いて挑戦するように女主人に微笑みかけた。


「一泊したいんですけど」


「!あ…こ、これは失礼いたしました。一泊でございますね。…ご兄妹様でしたら床はふたつで…」


「いや、私たちは夫婦だから床はひとつでいい。桃、行こうか」


不安に思っていたことを察してくれた謙信に肩を抱かれた桃は、ほっとしつつも謙信の耳をつねった。


「いたたた」


「色目を使われても応えちゃ駄目だから。もしそうなったら私三成さんのとこに行くもん」



「ええ?そのつもりはないけど…君には逃げ道があって私にはないの?ずるいなあ、私の妻は」


先導する女主人の後ろを行きながらひそひそ話。

桃の我が儘を受け入れたからには三成に嫉妬しないと誓っているものの、謙信もそこまで聖人ではない。


「私は私の愛し方で君を愛する。始終私の傍に居たいと思うのも時間の問題だからね」


「!ちょ…耳元で囁くのはやめてっ」


素直な桃の反応にくすくす笑いの止まらない謙信は、しっかり桃の手を握って部屋へと向かった。
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