優しい手①~戦国:石田三成~【短編集】
謙信はいつも言い訳をしてはさぼる癖があり、兼続の目を掻い潜って逃亡することがある。

風呂から上がった後すぐさま逃亡を図った謙信を血眼で探している兼続が廊下をどたばた走っているのを見つけた桃は、筆を持つ手を止めてそれを三成に叱られた。


「手を止めるな」


「兼続さんが必死になって捜してるんだけど。どこに居るのか教えてあげた方がいいんじゃないのかな」


「あれも兼続の責務だ。それよりも俺は一向に筆が上達せぬそなたの腕を憂いている」


「失礼な!これでも上達した方だもん!」


この時代の地位ある人々は何故か皆、恐ろしく流麗な文字を書く。

せめてなんと書いてあるのかわかりたいと三成に頼んだ結果、字を書くことから勧められて習字の勉強をしていた桃は、半紙に書いた下手な字を眺めてふうと息をついた。


「それで…そなたは湯殿で謙信と何を話していたのだ?」


「えっ!?そ…そこに興味持っちゃう?」


「持つに決まっているだろうが。何か大事な話だったはずだ」


三成を置いて行くことに罪悪感を拭いきれない桃は、とうとう筆を置いてまん丸になって寝転んだ。

背を向けてだんまりをした桃の様子にむかっときた三成は、扇子で桃の頭を叩くと顔を向けさせる。


「答えろ。何の話だったのだ」


「ええと…謙信さんが…連れて行きたい場所があるって。でも三成さんはお留守番にさせるからって」


切れ長すぎる三成の瞳にぴりっとした光が流れた。

何とか弁解をとがばっと起き上がった桃は、膝の上で固く握りしめられている三成の手を両手で握って必死に釈明をした。


「私と謙信さんの前世に関係ある場所みたいなの。だから…私も行ってみたい。三成さんにもついて来てもらいたいけど、謙信さんがふたりでって…」


「前世、か…。それを切り札に出されたならば、俺は口出しできぬ。…行って来い」


「怒んないで。ね、三成さん。ね?」


何度も“ね”を繰り返して目を合わせようと躍起になる桃が面白くて渋面を維持することができなくなった三成は、少しだけ口角を上げて笑うと、桃の鼻をつまんだ。


「では今夜は朝まで離さぬ。朝までそなたを虜にさせて、謙信をやきもきさせてやる」


「もうっ!三成さんの意地悪!」


前世からの縁を切り裂くことはできない。

三成はそれをよく理解しつつも、謙信をどうやきもきさせるかを日々考えて研鑽していた。
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