NA-MI-DA【金髪文学少年の日常】
ナミダが自分の家の門の前で止まり、ここだ、と言うと遠藤は緩く目を見開いた。


「家、でか」


「……そうか?」


祖父が建てた木造の日本家屋。


周りにも似たような家しかないので目立ちはしないが、確かに大抵の住宅地でひしめき合っている家々に比べれば、少しばかり大きいかもしれない。


「うちのばあちゃん家と同じくらいある。田舎は土地が安いから珍しくないんだけど」


「ここだって田舎だろ」


「上には上があるんだよ」


ナミダの住む街は、ど田舎と言うには言い過ぎだが、しかし都会では間違いなくない。


見渡す限りドラマの中で見るような高層ビルは一つもなく、背景は常に山だ。


「ばあちゃん家のまわり、コンビニすらないの。買い物行くのも一番近いとこで車で1時間かかる。」


表情の変化は見られないが、それでもどことなく愉快げな口調の遠藤に、自然ナミダの口はほころんだ。


「……ちょっと、待ってろ」


遠藤を玄関の屋根の下に立たせて、ナミダはガラガラとスライド式のドアを開けた。


傘立てには二本の傘が立ててある。


一本は自分の、一本は父のだ。


祖母の傘はどうやら出かけているらしく、なかった。


鍵は開いていた。


ナミダに雨の中待ちぼうけをくらわせないためだろう。


ナミダは紺色の自分の傘を手に取り、そういやぁいつぞやの強風で曲がってるんだったと不恰好な柄を見やり、父の黒い傘に手を伸ばした。


「遠藤」


「ん?」


ざぁざぁと地面をはねる雨音に紛れて、遠藤が振り返るやわらかな音が聴こえた気がした。


「送ってくよ、家まで」


手に持った傘を前に出して見せると、遠藤はあきれた顔をして首を傾げた。


「別にいいよ。さっきもいいって言った」


「でも、申し訳ないし」


「いいの!私がナミダを送りたかったの」


ナミダ、という呼び方と、むきになる遠藤が新鮮だ。


「私が送ってもらったら、意味ないじゃない……」


「別に意味なくはないだろ」


「意味、ない」


拗ねた口調が、てこでも譲らないと言っている。


「……分かったよ。送ってくれてありがと、助かった。気をつけて帰れよ」


ねばる必要性を感じなかったナミダがあっさり降参すると、遠藤はこくりとうなづき、


「バイバイ」


とナミダに小さく手を振った。


コンクリをローファーで軽く蹴るようにして歩くものだから、遠藤の靴下ははねた水でかなり濡れている。


徐々に遠ざかる小さな背中は、それを楽しんでいるようにも見えた。






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