腕枕で眠らせて
「いやー助かった、助かった」
これっぽっちの躊躇も遠慮もなく、ジュブジュブと濡れた革靴の音をたてて楷斗は玄関へと駆け込んできた。
「何やって…」
言いかけて、全身からポタポタ滴を垂れさせる楷斗の姿を見た私は、開いた口をつぐんでまずは洗面所からタオルを持って来る。
それを受け取って楷斗は顔と髪をバフッと豪快に拭いた。
「いやー参ったよ。俺、営業でちょうどこの辺の外回りしてたんだけどさあ、急に雨に降られちゃって。
住宅街だしろくに雨宿り出来る場所もねえしで困ってたんだけど、そういや美織んちが近かったなあって思い出して」
ケラケラと笑って言う楷斗に、私は怪訝な顔を隠せない。
「なんで私が実家に戻ってるって知ってたの?」
「こないだ愛子に聞いた。お前今、仕事してないで実家で内職してるって。そんならこの時間でも家にいるかなーって思ったんだけど、マジで居てラッキーだったよ」
愛子め。個人情報流しすぎだ。
眉間の皺を消せない私に構わず、楷斗はワシワシと濡れた髪を拭き続けた。
「俺、よく覚えてたと思わねえ?1回しか来た事ないのに」
拭きながら、突然言われたその言葉にドキリとした。
1回。
1回だけ、楷斗はここへ来た事があった。
まだ私が独り暮らしをしていた時。
そんな時にわざわざ実家に連れてきた理由は。
「付き合って半年ぐらいの時だったよな。親に紹介してもらったの」
ズキンと、巻き戻る記憶に胸の傷が疼いた。