エリートなあなたとの密約


腕時計を一瞥すると、今は午前6時40分を差していた。


時間的に搭乗手続きを速やかに終え、出発までの時間もラウンジで慌ただしく過ごしていたのだろう。フライト前にメールや電話処理を少しでも片すのは社会人の宿命だ。


玄関先で“行ってらっしゃい”と笑顔で見送ったけれど、通じているならまた声が聞きたいなと思うのは女の性。



「ん?」

ついつい、羨ましくて松岡さんを凝視していたらしい。彼の声でハッと我に返ったが、時すでに遅し。


「え?こっちのコト!んー、しいて言えば、時間なくて大変そうだなぁと」

ひと際弾んだ声色から、彼お得意の“お楽しみが増えた”のは明らかだった。


とはいえ、私の“修平バカ”は周知の事実。開き直った私がにっこり笑って松岡さんを見れば、どことなく穏やかな顔に変わった。


仕事の件とはいえ修平と話す松岡さんのことを羨ましく感じるのは、図々しくも新婚のせいにしてしまおう。


ただ……、彼が不在の部屋でひとりきりでいると、寂しいと感じる時もあるのは本音。


今までもこれからも、修平とのんびり過ごせないのは至極当然と分かっているのに。


ひどく疲れた時は、冷たくて広いベッドがやけに虚しく感じたりする。……こんな情けないこと言える年齢でもないのにね。


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