エリートなあなたとの密約


足早にデスクの向かいに立つと、それまで無言でPCをしていた松岡さんの目がこちらに静かに向く。


「こちらもよろしくお願いします」と言って、すべての書類をひとまとめに手渡そうとする。

「はいよー」


「……受け取る“もの”を間違えてます」

「うーん、薬品触っても手入れは怠ってなし。よし合格っ!」

はぁ、とわざと溜め息を吐き出した私は、「撫でる必要ありますか?」と手の甲を今も触れている彼に問う。

「今度はバラの香りにしてよ?」

「リクエストは一切受けつけておりません。今後も業務に支障が出ないように無香料オンリーです」

「えー、女子力もっと増すのにぃ」

「でしたら、休日に使いますね」

「ああ、“夜”専用ね」と、ニヤリと口角を上げてそちら方面に話を攫ってしまわれてはもうお手上げ。


こうして松岡さんはいつも書類を渡す度、紙を持つ私の手の方をギュッと握って審査するから困ったもの。


ちなみに絵美さんは、事あるごとに彼を“フェチ男”と言う。


髪に手や足など、各部位ごとに愛でるのも昔からのよう。“女より女だね”、という彼女の決まり文句にも納得。


何よりそんなフェチ男さんの評価に負けじと、ハンドクリーム必携で一層お手入れするクセがついた私はひそかに感謝するばかり。


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