エリートなあなたとの密約
「……お疲れさまです」
一歩遅れて返ってきたその声はピリピリしており、こちらを向こうともしない。
私は後ろの後輩くんに目配せすると、合点のいった彼は静かにこの場を辞してくれた。
ガチャリ、と閉じる音の響く室内。私の彼女の隣の椅子を引き、そのまま席についた。
「何ですか?」と、そこでようやく作業の手を止めた彼女ーー奥村さんと目が合う。
「松岡さんのこと」
「吉川さんには関係ないですよね?ほっといて下さい」
私の言葉を遮った彼女は睨むような目つきに変わった。
「当てつけですよ、そういうの。嫌味ですか!?」
唇を噛んで続ける彼女に、「そうじゃないの」と静かに短く首を振った。
「……私がそうだったから」
自嘲して続けると、「え?」と一気に怒りの炎は鎮静したらしい。目をぱちくりさせている。
「私も彼との関係で悩んでいた時、ちょっと仕事が疎かになった時期があって、課長に怒られているの。言い難いことを言って下さって、本当に目が覚めた。
同じように、奥村さんへの昨日の態度も、決して気持ちに対してじゃないと思う。そんな不誠実なかた方じゃない。あなたもよく分かるでしょう?
……だから、さっきのように職場の雰囲気を悪くさせたら課長はどう思う?
私にとって課長は気安い上司なの。それに、黒岩部長や伊藤相談役とともに尊敬してる方よ。この試作部も大好きなの」
今は育休中の、デキる女性の代名詞こと矢崎さんが修平を好きだったあの頃。
ふたりの姿を見るたびに落ち込む当時の私を、“惑わされるな”と叱咤してくれたのは松岡さんだった。