ロング・ディスタンス
 栞は自分の部屋に入った。アパートのドアを閉めて一気に緊張感が抜けた。彼女はその場に座り込んだ。
 彼は「研修医より俺を選べ」と食い下がりはしなかった。思ったよりあっさり引いていった。
 これで良かったんだと栞は思った。もうこれで終わったのだ。別れを切り出すタイミングをはかっていたけれどこれが良い機会だった。すっきりした気持ちと寂しさが胸の中で綯い交ぜになっている。不思議と涙は流れなかった。
 これまでは絶対に告げられなかった言葉を告げることができた自分の勇気を称えたい。
 気がつくと掛け時計の針は午前1時を指していた。
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