ロング・ディスタンス
 百合花は尊敬する会長の一人娘ということもあり、なんとか彼女の父親に格闘選手としての自分の存在を認めてもらおうと、太一は懸命にトレーニングに励んだ。大学4年になるとだんだんその成果も表れ、都内の学生大会で上位に入賞するようになった。彼がプロになることを意識したのはこの時期だった。百合花の励ましもあり、もしかしたら格闘技で飯を食っていくことができるかもしれないという気持ちが湧いてきた。大学の同級生が大手企業に就職したり大学院に進学したりしていく中、彼は格闘技一本で生きていくことを決意した。22の春である。
 進学させてくれた両親のために大学はなんとか卒業した。アルバイトをしながらトレーニングをこなす日々は厳しいものだった。学生時代のように両親が仕送りを送ってくれるわけではない。昼間は土方や交通整理のアルバイトに勤しみ、夜はジムで汗を流す日々。若いから続けられたことだ。体力を消耗する生活の中で、恋人の差し入れる弁当がありがたかった。どんなに生活が大変でも太一には夢があった。いつか総合格闘家としてプロデビューし、自分を支えてくれる百合花を幸せにしたいと願っていた。
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