ロング・ディスタンス
「緑茶と紅茶、ジュースがあるけど何がいい」
 カウンターキッチンから太一がたずねる。
「じゃあ、緑茶でお願いします」
 何でもいいと言おうとして栞はやめた。そういう遠慮は無用だろう。
「はい、どうぞ。それからこれ、適当につまんで」
 太一はローテーブルの上に、二つの湯飲みと菓子鉢を置いた。甘いもの好きの彼は、いつも菓子を家に買い置きしているのだろう。
「ありがとうございます」
 栞は礼を言う。
「先生。私、お土産を持ってきたんです。海燕堂のロールケーキです」
 栞が老舗の紙袋を見せた途端、太一の顔が輝く。
「マジで!? あの店にはもう行けないからうれしいな。俺の大好物、覚えていてくれたんだね」
「はい」
 栞がはにかんで笑う。
 去年、町外れのコーヒーショップでお茶した時に、太一の好物を聞いたのを思い出したのだ。栞は出がけに繁華街にある海燕堂に寄って、生クリームと季節のフルーツが詰まったロールケーキを買ってきた。
「あ、でも今夜はお呼ばれしてるから、辻堂先生の家にこれ持っていこうかな」
「そう思って二本買っておきましたよ」
「おお。すげー気が利くね。ありがとう」
 太一に喜んでもらえて、栞はこそばゆい気持ちになる。
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