ロング・ディスタンス
 そこでは太一が上半身に何もまとわず、腕立て伏せをしている。
 彼は両腕で軽々と自分の上半身を持ち上げている。一定のリズムにのった躍動的な動きに、栞は目を奪われた。
 彼が日常的に筋トレをしていることは聞いていた。

 彼が腕立て伏せを終えて顔を上げた時、目が合った。
「あ、おはよう」
 彼は立ち上がって栞に笑顔を向ける。
「おはようございます」
 我に返った栞があいさつを返す。
 目の前で太一の引き締まった上半身が露わになり、栞は思わず目を背けた。若い男性の裸身がこんなきれいなものだとは知らなかった。この肢体を見ると、成美や美加子の言っていたことがわかるような気がする。
「あ、ごめん」
 太一は柵に引っ掛けていたTシャツをすばやく取った。
「もう来てたんだね」
「はい。早く目が覚めたから、町をぶらぶらお散歩しながらここまで来ました。さっき一応、メールで旅館を出たことをお知らせしたんですけど、気づきませんでしたか」
「あ、やべ。昨日酔って、トイレに携帯置きっぱなしだったわ」
「トイレ?」
 栞の目が点になる。太一は意外と抜けている。
「先生、朝ご飯は?」
「もう食べたよ。あとは着替えるだけ。まあ、上がりなよ」
 太一は栞を部屋に上げた。
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