ロング・ディスタンス
 とにかく栞は新人なので、どんな人であっても先輩には従順な態度で接している。
 栞と藤野のやり取りはいつもこんな感じだ。彼女が「この分じゃ多分茶封筒が足りなくなりますね」と言うと、彼は「『多分』じゃなくて『絶対』だ」と言う。先日、藤野が遅くまで残業していたことについて、彼女が「この前は大変でしたね」とコメントすると、彼は「仕事なんだから当たり前のことだ」と返す。木で鼻をくくったようなしゃべり方をする頑固親父でひねくれ者なのだけど、栞は次第に彼のしゃべり方に慣れてきた。

 用いる言葉は喧々なのだが、藤野が実はそんなに嫌な人物ではないことがわかってきた。話す言葉とは裏腹に、彼は何くれとなく栞の世話を焼いてくれる。パソコンに向かっている栞が院内のネットワークの扱いに戸惑っていると、すぐにいつもの口うるさい口調で使い方を教えてくれる。用事があって当番の仕事をできない時は、彼が進んでかわってくれる。栞が丁寧にお礼を言うと、案の定、彼は「仕事のためだ」とか「たまたま暇だっただけだ」と返してくる。

 そんな藤野の様子を、最近では微笑ましく感じるようになった。前に成美が発した名言を思い出す。「男の本質は言葉じゃなくて行動で判るのだ」という一言だ。
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