ロング・ディスタンス
 太一は21時を回ってから帰ってきた。
 雨に降られたようで、髪が濡れている。

「ただいま」
 休日出勤を終え、彼は疲れた表情を浮かべている。島民の子どもが納屋から落ちてあごと額を切り、彼はその縫合手術をしていた。
「お帰りなさい。お疲れ様でした」
「まだ、いたんだね。もう旅館に行ったのかと思った」
 栞はこの前泊まったのと同じ旅館に予約をしている。
「ええ。長居をしてしまいました。そろそろおいとましようと思っていたんです。今、書置きのメモを書いているところでした」
「夕飯は?」
「先にいただきました。お台所を借りてご飯を作ったんです。太一さんの分も作りましたので、食べてください」
「へえ、そうだったの。それはありがたいな。何を作ったの?」
「豚肉の生姜焼きとお味噌汁とご飯と副菜です。冷蔵庫のものと、近くの根本ストアで買ってきたもので作りました」
 根本ストアとは島の食料品店のことだ。彼女は雨の中、買い物までしてきてくれた。
「へえ、それはすごいな。うまそうだ」
 太一の顔に笑顔が浮かぶ。
「今、よそいますからね」

 栞はキッチンに行き、ガスコンロを点火する。
 鍋の味噌汁を温め、炊飯ジャーからご飯をよそう。
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