ロング・ディスタンス
 島に来てから栞は特に仕事はしていない。家でのんびりと家事をしながら、太一の帰りを待っている。職種を選ばなければアルバイト先があることはあったが、不規則な仕事をする夫のために家に留まることにした。いずれ本土に戻った時に、太一のクリニックの開業を手伝うことになるから、その時にいっぱい働くつもりだ。

 平日の昼間にのんびりするなんて、学生時代以来のことだろうか。夫を送り出してから洗濯と掃除を済ませ、昼ご飯は残り物で済ませる。晴れた日には車を飛ばして、お気に入りの入り江に散歩へいく。
 時間帯や天候によって海は異なる表情を見せる。この場所は一人になれるから好きだ。砂の上に座って遥か水平線の彼方を眺め、寄せては引く潮の音を聴いていると、とても穏やかで優しい気持ちになる。こんな日が来るなんてあの時は思わなかった。
 

 ここには知り合いなんてほとんどいないけれど、太一がいればそれだけで幸せだ。そんなふうに思える存在に出会ったのは奇跡のようなことだ。
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