ロング・ディスタンス
 でも今夜は違う。久々のデートだというのに胸がふさいでいる。
 ことが終わった後、ワイシャツのボタンをかけている神坂に栞がたずねた。
「ねえ、先生」
「何だ」
「何か忘れていていませんか」
「何かって何だ? いつも言っているだろう俺はまどろっこしいのは嫌いだ。はっきり言え」
 神坂はもう帰り支度に気持ちを移している。
「今夜は先生から私に言ってほしいことがあったんです」
「言ってほしいこと? 何のことかわからないな」
 神坂には皆目見当がつかない。
「何のことかわからないな」
 彼は少しだけいらついているように見えたが、それでも彼女は食い下がりたかった。
「あのね、『お誕生日おめでとう』って一言言っていただきたかったんです」
 その後で「プレゼントとか何もいらないから」と言おうとしてやめた。
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