ロング・ディスタンス
 長濱は自分の方から積極的に話を振り、栞とのコミュニケーションをとろうとする。外科部であった出来事や、院内の話をする。でも、二人の共通の趣味はどうやらないようだった。彼が格闘技を好きな一方、彼女の趣味といえば流行りの小説を読むことぐらいだ。彼女は女子だけど、甘いものはそんなに好きってわけじゃない。

 長濱と一緒にいると楽しかった。でもそれは恋愛感情ではなかった。
 栞は思う。恋って本来は不意打ちでやってくるものだ。それは落ちてくる雷みたいに避けられないものだ。思い返せば神坂に物陰に連れ込まれ、唇をふさがれた瞬間、彼女の体に電流が走った。その時世界が変わったのだ。今こうやって長濱と会っていても、そんな激情にかられることはない。このまま彼と顔を突き合わせていても、栞の心は永遠に化学反応を起こさないような気がする。

 長濱は折にふれて言う。「児島さんと会えてうれしい」「遠くから眺めているだけだと思っていたのに、こんなふうに話ができるなんて」
 男の人にそんなふうに言ってもらえることはとてもありがたいことなのだけど……。それでも、こういう平和な関係も一種の恋愛関係なのだろうか。
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