ロング・ディスタンス

　長濱と別れた後、栞は自宅付近の道路を歩いていた。

　ふと前方を見ると、アパートの前に見覚えのある黒いセダンが停まっている。車のドアの横に、仕事帰りの神坂が立っていた。
「よお」
　彼はスラックスのポケットに両手を突っ込んでいる。栞のことをだいぶ待っていたのだろうか。
「先生。どうしてここへ」
　夜とはいえ、こんな人目につくようなまねをするなんて。
「驚かそうと思ってさ。君は最近全然メールもくれないないし」
「……」
「今日は帰りが遅いじゃないか。今日は残業だったのか？」
「ええ、まあ」
　栞は言葉に詰まっている。神坂がこんな大胆なことをするなんて、これまではあまりなかったことだから。
「栞。乗ってくれ」
　神坂は助手席のドアを開けようとする。
「乗ってくれって？」
「言っただろう。この前の埋め合わせをするってさ。今夜は埠頭までドライブしよう」
　神坂は得意げに笑みを浮かべている。暗闇の中で白い歯が光っている。
「さあ」