鬼神姫(仮)
しかし、今の機を逃せば、此処に凪が訪れるのは数日後になってしまう。葛は呼び止めたものの、どうすれば、と思案した。
「後程、文を」
凪は本当に小さな声で、葛の耳許に囁いた。葛はそれが知羽に聞こえていないだろうことを千里眼で確認にしてから、頷いた。
──千里眼。
それは葛の持つ力の一つだった。
それが何に使えるというわけではない。ただ、四方幾らかの距離のことなら、目を瞑っていても目視したかのようにわかるというもの。
葛は凪を廊下まで見送り、知羽の隣へと戻った。すると、知羽は半ば強引に葛の着物を引っ張った。その乱暴な手付きが、どうにも好きになれなかった。
距離を詰め、じ、と瞳を見られる。知羽の真っ赤な瞳はとても美しいものではあった。けれど、それに心が動くことはない。
──どのような気分なのか。
先見で己の妻を決められる。それは自身で選んだものではない。
「……不穏な空気がまとわりついている。気を付けろ」
知羽はそれだけ言うと、葛から手を離した。途端に離されたものだから、葛は呆然としてしまった。
知羽は言葉少なではあるが、葛を想っていることは確かだった。だからこそ、人間との会談などには必ず同席した。