廓にて〜ある出征兵士と女郎の一夜〜
『父さん……』
悟の瞳は潤んでいた。
『わかったな!!』
悟は何度も頷いた。
『お前には、どこぞのお偉い海軍さんの血が流れてるんだ。
どこの誰かは知らねえが、今頃参謀の一人にでもなってるかもなぁ。
なんとか知恵を絞ってうまくやれ。昔から親に歯向かって放浪してやがったお前にはできるさ』
『……』
悟は俯いて涙を拭った。
義父はゆっくりと腰を上げる。
『ワシはこれで帰る。じゃあな、しっかりやれ』
悟は、義父になんと言っていいかわからずにいた。
感謝の気持ちなどは少しもないはずだった。ただ義父に対する恨みだけが放浪する悟を支えていたのに……
死地へ赴く息子に、義父が伝えた言葉は、当時のモラルに反した【親心】だった。
周囲には親兄弟に敬礼で別れを告げる者が大勢いる。
だが悟は、義父の老いた背中をただ呆然と見送るだけだった。
見納めになるかもしれない義父の背中は、昔よりやつれて小さく感じた。
そうして背中が見えなくなると、握りしめた母からの手紙をスッと懐にしまう。
彼には、まだ、それを読む勇気などない。
ただ、自分の幼さを恥じていた。