廓にて〜ある出征兵士と女郎の一夜〜

悟は戦地に向かう船の中で昭和十九年の年明けを迎えた。



大晦日の夜、彼は意を決して母からの手紙を読んだ。



小学校もろくに出ていない母の平仮名だらけの手紙。




彼は読みながら咽び泣いた。


母もきっとツラかったに違いない。出生はどうあれ、腹を痛めて生み、二十歳まで育った息子に戦地に行って戦って来いと無理矢理送り出す母の気持ち……




それを思うと、母を恨むのは筋違いだ。






だが、苦しい思いをする度に【非国民、親不孝】と言って叩いた母の顔が脳裏に浮かぶのだ。



心に根差したこのわだかまりは母が死に、自分が死ぬまで、この先消えることはなかった。





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