ジャンクブック
翼をください


■翼をください


毟り取ってやったんだ。

と、彼は笑った。絶望に濡れた瞳。その手の内に握られた血濡れの白い羽根。洗面所を覗けば、刃の欠けたはさみと翼の残骸がマットの上に転がっていた。血が点々と床に模様を作っている。

「ああ、なんてことを」

──彼の背中には翼が生えている。
先天的な病らしかった。けれど、彼の家族の誰も、そのことを公言した様子はない。言ってしまえば研究対象にされ、世間で見世物として祭り上げられるのは自明の理である。

彼の背中の翼は、折り畳んで縛り付ければ服の下に隠してしまえる程小さいときもあれば、体を覆う程に大きなときもあった。翼の変化の周期に統一性がないので、彼は時々こうして会社を休んでいる。翼に違和感を感じたときにも早退するので、周囲からは病弱扱いをされているらしい。

「痛かったろう」

翼を刈ると約2週間は生えてこない。激痛を伴うらしいので、滅多なことで彼はそれをしないが。
だけれど、偶に、こうして彼がヤケを起こすことがある。目元の隈を眺めながら、爪痕の残る頬に手を添える。赤く腫れた瞼にかかる、汗に濡れた前髪。痩せて骨の浮き出た体。 
傷だらけの天使を誰が美しいと言っただろうか。こんなにも生々しく、人間臭くて、哀しいのに。

「私は君の翼を好いていたよ」

宣えば、彼は顔を歪めた。

「だって独りじゃ大空は悲しいだろ」泣きそうに、彼は。「悲しいんだろ」

いま願い事が叶っても、きっと翼はいらなかったから。

震える背中に腕を回す。背中のちょうど肩甲骨の辺りに、二箇所、硬質化した部分がある。しこりのようになっているそこに指先を這わせると、ぬめった感触がした。多分に血だろう。痛いのか、彼が体を捩る。
ごめん、と笑えば、唸り声が返ってきた。

「君の翼は美しいよ」
「モーガン、珍しいからそう思うだけだ」
「まあ、そうかもしれないね」
「そこはお世辞でも違うって言えよ」

先程の、今にも消え失せてしまいそうな、そんな危うい雰囲気は無くなっていた。体温を感じながら、拍動に心を落ち着かせる。

「なあ。モーガン。俺は空を飛べただろうか」
「どうだろう」

私は、何にも成りきれないこの哀れな男に、やさしくやさしく嘯いた。

「きみに青は似合わないよ」


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