紫陽花ロマンス


ベビーカーの背もたれを一番下まで寝かせ、すっぽりとフードが被せられているけど小さな赤ちゃんだろう。


だけど、押してる女性の格好は、子供がいるお母さんにはとても見えない。


真っ白なノースリーブのブラウスは、腕を上げなくてもおへそが見えてしまいそうな短い丈。シフォン地っぽいから、濃いピンク色のブラが透けている。


細長い脚にはぴっちぴちのゼブラ柄の短パン。似合っているから許せるけど、足元の細く尖ったヒールは10センチはありそう。


踏み外したら捻挫か、靭帯を切るに違いない。痛いだろうなあ……


アスファルトを削りそうな痛々しい音を立てて、彼女は全力で横断歩道を渡りきる。


信号はとうに赤に変わっていたけど、危なっかしくて目が離せない。


思いきり斜め横断をした彼女は、横断歩道の段差をベビーカーで乗り越えられずに悪戦苦闘している。


そこに現れた男性。
すらりと背の高い細身の横顔に見覚えがある。


男性はベビーカーをひょいと持ち上げて、丁寧に歩道に置いた。何度も頭を下げる彼女は、見かけによらず礼儀正しいらしい。




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