イチゴアメ
お風呂を借りて、サッパリした体にマミさんから借りた服を身につけた。
淡いパステルカラーのゆったりとした部屋着は着心地も肌触りも良く、体に馴染んだ。
キッチンスペースへと続くドアを開ける。
そこには誰も居ない。
マミさんの部屋の方から音がしたので、その部屋のドアをそっとあけてみるとマミさんも弟さんもこちらの部屋に居た。
二人並んで座るといっぱいいっぱいなソファーに二人並んで座り、テレビを見ながらなにか話している様子。
私には下に兄弟はいない。
上に姉が二人と兄が一人居るが、姉はともかくとして兄のあんなにソバに座ったりしないので、少しおどろいてしまった。
「お風呂ありがとうございました。」
声をかけると、二人共こちらを向いた。
「じゃあ、私も入ってくるから、お茶でも出してあげて。」
隣の弟さんに告げたマミさんは部屋を出てゆく。
続いて弟さんもソファーから立ち上がった。
「冷たいのとあったかいの、どっちがいい?」
弟さんにそう聞かれて、「冷たいの。」と答えた。
弟さんもドアの向こうにいなくなる。
さっきまでマミさんの座っていた場所に腰を下ろすと、開けっ放しになっているドアの向こうで冷蔵庫が閉まる音がした。
少しして再び部屋に戻ってきたマミさんの弟さんは、ソファーの前の小さなテーブルにグラスを置いた。
「ありがとうございます。」
礼を言って喉を潤すと、それは冷えたアイスティーだった。
お風呂上がりの火照った体には冷たいアイスティーはとても美味しい。
「高校生バンギャちゃん?」
ソファーの上に置かれたベージュのクッションを床に置き、弟さんはそれに座ると私を見上げて言った。
「えっと。高校生ですが、ばんぎゃ…?」
よく解らない言葉に戸惑い首を傾げて聞き返した私を見て、彼は目を瞬いて言う。
「ブルームーンのライブでマミと一緒なんじゃなかった系?」
再び疑問系を口にした弟さんも小首を傾げて見せた。
「ブルームーンのライブは行きました。」
「じゃあやっぱりバンギャじゃん。」
「なんですか?それ。」
「え?……あー…っふ……くくっ。」
小首を傾げていた弟さんは今度は肩を揺らして笑い出した。
私、そんなに面白いことしたりしてるのか?と不安になる。
「バンギャってのはね…。」
笑いを収めた弟さんが口を開く。
弟さんが言うには、いわゆるヴィジュアル系バンドのおっかけの女の子を バンド+ギャル 略して バンギャ と言うのだと教えてくれた。
「へぇ。詳しいんですね。」
「まぁね。」
「弟さんも、ヴィジュアル系のバンド好きなんですか?」
「まー。好きっすね。っていうか、弟さんってのやめて欲しいんすけど。」
「あ。すみません。」
「名前、サトル。あんたは?」
「沙月です。」
「サツキちゃんな。ブルームーンの常連?見かけたことないから、最近なんでしょ?」
「ジョーレン?」
またよく解らない単語が湧いてきたので、疑問系にして口にする。
すると、サトルと名乗った弟さんは私を見て目を瞬いた。
「あー。キミ、新規ちゃん?またなんでマミなんかと…」
「あの。サトルさん。」
なんだかマミさんの悪口のような事を言い出したような彼の言葉の途中を割った。
私にとっては迷惑をかけてしまっているヒトであるマミさんの悪口を今聞きたくはない。
「私、マミさんに今日ちょっとしたアクシデントっていうか、まぁトラブルっていうかで、迷惑かけてしまっているだけなんで。あの、すみません。サトルさんにもお家にお邪魔させてもらって申し訳なく思ってますし…」
「とりあえずサツキちゃん。サトルさんってのはなんか微妙だからやめて欲しいっす。」
今度は私の言葉を彼が遮る。
「じゃあ、弟さん。」
「それ、ふつーに嫌っす。」
「サトル…くん。」
「おー。それいいじゃん。なんか新鮮。」
頷いたサトルさん…もといサトルくんは、ニコっと笑みを浮かべた。
その様子が私には新鮮で、何故かドキッっとして頬が熱くなる。
「よし。サツキちゃん。俺がキミを立派なバンギャにしてやるよ!」
「はい?」
なんかまたよく解らない事を言い出すサトルくん。
このヒト、天然?
「まーまー。お茶でも飲んで。ほら。」
ほら、とアイスティーのグラスを指差すサトルくん。
促されるまま、再びアイスティーのグラスを手に取り口にする私をみて、サトルくんはまたニコニコと笑む。
それを見ていると、いつまでも頬の熱が冷めない気がして私は視線を伏せた。
「ブルームーン以外のライブも行く?」
「行ったことないです。」
「へー。ブルームーンは誰のファンとかあんの?」
「ユキ。」
「あー。ユキさん…。あれかー。」
「あの。サトルくんも、ブルームーン好きなんですか?」
俯いたままサトルくんの一方的な問いに答えていたのだが、ユキさんをあれと言った事がなんとなく気になって尋ねた。
「俺?まー。好きだった。って感じかな。憧れてもいたけど、今は俺のが上行っちゃったし。まー。ああいう感じもいいのかもしれないけど、甘いとこ多いし…そこが良いのかもしれないけど、どーかな…」
なんだか上から目線のような、評論家のような言い方をするサトルくん。
「あの…。」
大好きなユキのバンドをそう言われては納得できない私は、彼に言い返そうとしたのだけど。
「俺のがギター上手いしね。」
そうサトルくんが言ったので、何をどう言い返せばいいのかわからなくなった。
伏せた視線をサトルくんに向けると、彼は悪戯っ子のようにふふっと笑って立ち上がる。
マミさんの部屋を一度出たサトルくんは、今度はギターを片手に帰ってきた。
再びベージュのクッションに座った彼は、ギターを膝に置いて構えて。
弾いた。
今日、私がライブハウスで聞いた曲を、サトルくんが奏で始めたのだ。
その音色はライブハウスで聞いたもの同じ音程で、そのフレーズの曲名を私が口にすると、彼はギターを弾くことを止めた。
「ユキさんより俺のが上手くね?」
得意げに言うサトルくん。
「すごい。ギターできるの?」
突然の演奏に驚いた私が尋ねる。
するとサトルくんは頷いた。
「俺もギタリスト。ソワールってバンド知らねーの?」
しーっと子供が内緒話をするような仕草をしながら、サトルくんは言う。
「知ってる!!」
サトルくんの口にしたソワールというのは、本屋さんで売ってるヴィジュアル系バンドばかりを扱う雑誌の表紙によく写真が使われているバンドだ。
テレビでも何度か見たこともある。
「そっか。知ってて良かった。」
ふふっと笑ったサトルくんは再びギターを奏で出す。
それは、テレビで放送されているアニメのエンディングテーマで、ソワールの楽曲だ。
「ちょっ、サトル。あんたなにやってんの!?」
お風呂からあがったらしい部屋着姿のマミさんがドアから顔を覗かせた。
マミさんに背を向けているサトルくんはペロリと舌を出して、ギターを弾くことを止めた。
「もう、ギターかたして。私、明日朝早いから寝るからね。」
マミさんは部屋に入り、サトルくんの脇を歩いてベッドの方へと向かう。
「おやすみ。サツキちゃん。」
そう言ってサトルくんはギターを持って部屋を出て行った。
パタンっと音をたてて閉まるドア。
「サツキちゃんもお布団使っていいからね。」
マミさんにそう言われて、私は持っていたグラスを置いた。
「すみません。なんか。」
マミさんが怒っているような雰囲気にいたたまれなくなって、謝罪の言葉を口にした。
ベッドに座ったマミさんは、私を見て首を左右に振る。
「サツキちゃんはなにも悪くないでしょ。ウチの弟が煩くしてごめんね。」
「いえ。ギター、上手でした。」
ギターの上手い下手は私にはよく解らないけれど、マミさんにそう告げた。
そうすると、弟の腕前を褒められたのが姉として嬉しいのか、マミさんは微笑む。
「でも。私、ユキの方が好きです!」
微笑んでくれたマミさんへまっすぐに視線を向けて私が告げると、マミさんは一度頷いた。
「ありがとう。私もブルームーンが好きだよ。同じファン同志これからよろしくね。おやすみ。」
マミさんも私をまっすぐに見て言うと、部屋の電気を暗くした。
「おやすみなさい。」
私もマミさんが用意してくれた布団に横になる。
白い天井にオレンジ色の淡い灯りが見える。
いつもと違う景色を見上げて、いつもと違った今日を思い返した。
ブルームーンのライブに一人で行って、マミさんに押しつぶされて、みんなのお疲れ様会に交ぜてもらって、マミさん家に泊めてもらうことになって、サトルくんに会った。
サトルくんは、ブルームーンと違って雑誌でも大きく取り上げられて、テレビでも見たことのあるバンドのメンバー。
マミさんの弟さんでもあるサトルくん。
サトルくんの奏でたギターの音を思い返していると、いつのまにか私は眠ってしまっていたようだ。
目を覚ますとそこにマミさんの姿はもう既に無く、部屋に掛けられたシルバーの時計は朝の8時すぎを示していた。















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