イチゴアメ
身支度を整えてから、マミさんに借りた布団を畳んで部屋のすみに置いた。
部屋のドアをそっと開けると、キッチンのあるサトルくんのスペース。
そこに一歩足を踏み出すと、マミさんではない、もう一人のこの家の主が居た。
サトルくんは、私に気づいてこちらを見た。
「おはようございます。」
挨拶の言葉をかけると、「おはよー。」っとサトルくんも声をかけてくれた。
サトルくんはキッチンの冷蔵庫を開けて冷蔵庫の前に座り込む。
「朝飯食ってく?これから作るし。サツキちゃんのも作るよ。」
冷蔵庫からいろんなものを出しながら、サトルくんは言った。
「あの…」
思いがけない申し出に驚いていると、サトルくんはキッチンで料理を始める。
「一人分も二人分も大差ないから、食ってって。マミとは飯の時間合わないから、ちょっと寂しいんだよね。正直なとこ。」
寂しいと言われてしまうと、断り辛くなってしまう。
特に急ぐ必要もないので、私は朝食も甘えることにした。
「その辺座ってて。」とサトルくんに言われたのだけど、座る場所がこのキッチン兼サトルくんのお部屋らしいとこには見当たらない。
立ち往生してしまった私に振り向いたサトルくんは、それを察知したようで。
「ベッドに座ってていいからさ。」
マミさんの弟とはいえ、男の子のベッドに座るというのも多少抵抗はあったが、他にどうすれば良いのか解らなかった。
とりあえず、黒いシーツのかかったベッドの端に腰を下ろしてバッグを膝の上に置いた。
キッチンに向かうサトルくんの後ろ姿が真正面に見える。
ベッドのすぐ脇にはギターが三本並べられていて、昨夜彼がギタリストだと名乗った事を思い出した。
音楽の趣味もなく楽器も弾けない私は、ギターに触った事などもちろん無い。
家族にも音楽をする人はいないので、こういう楽器が並んでいるような部屋は少し違和感を感じた。
1DKのマンションを、1のお部屋はマミさんがDKの部分はサトルくんが主に使っているようなこの姉弟のお家はキッチンや冷蔵庫とギターが並ぶ不思議な空間だ。
私の家はごく普通の木造一軒家で、キッチンやリビングはその名の通りの使い方。
両親の寝室があって、私の2つ上の兄の部屋、それから私と5つ上の姉が一緒に使う部屋。
10歳離れた上の姉はもう実家を出ているのでたまにしか顔を出さない。
自分の生活環境とだいぶ違って見えるマミさんとサトルくんの姉弟の生活に興味が湧いた。
「あの。なんでお姉さんと二人暮らしなんですか?」
こちらに背を向けて、ガス台でフライパンを振るうサトルくんに尋ねた。
「んーっと、家庭の事情っつーか……。うちの親、俺らが小学生の時に離婚しててさ。母さんのとこにねーちゃんも俺も居たんだけど、2年前に母さんも再婚してさ。旦那さんの仕事で今、仙台に居るんだよね。で、ねーちゃんは東京の大学だしってことでかな、俺らの父親が学費だけじゃなくここの家賃払ってくれる事になって…。んで、俺もここに居る感じ。一人暮らししてもいいんだけど、10歳位から母さん一人だったから、俺はねーちゃんと居るのが当たり前だし、一人よりは二人のが楽じゃん?それに家賃もかかんないし。…ほらできた。」
ほら。っと、サトルくんはベッドの前のローテーブルにお皿を置いた。
ふわりと湯気を上げるのは鮮やかな黄色に赤のかかったオムライス。
ケチャップの焦げた匂いが食欲をそそった。
「美味いよ。俺のオムライスは得意料理。」
そう言いながらサトルくんはスプーンを差し出してくれたので、私はそれを受け取った。
「いただきます。」と言って食べ始めたサトルくん。
私も同じ言葉を口にして、スプーンをオムライスに挿し入れた。
「サツキちゃんは兄弟いないの?」
サトルに尋ねられ、首を左右に小さく振って示す。
「姉が二人と兄が一人居ます。」
「そう。じゃあ大家族なんだ。楽しそう。」
大家族とサトルくんは言う。
兄弟が4人と両親が2人で6人家族なので大家族とも言えなくはないかもしれない。
一番上の姉は仕事の関係で東京の実家から離れて大阪にいる。
兄は私の二つ上で高校三年生だけど、学校には行かず不登校状態になってヒキコモリのような状態。
それが原因でか、母は兄にベッタリといった感じで、サトルくんの言う楽しそうな大家族ではない日常。
仕事で帰りの遅い父と5つ年上の姉。
学校から帰っても私は長い時間を一人で過ごす。
「そう楽しくもないですよ。」
家族の詳しい話はあまり他人にはしたくないので、サトルくんへはそう濁して言った。
「中に入っちゃえば、そーいうもん?」
濁されたサトルくんはよく解らないといった風で首を傾げてみせた。
でもそれは一瞬で、すぐにオムライスの乗ったスプーンを口元へと運んでゆく。
「多分、兄弟が多いからサトルくんとマミさんほど仲良しってわけにはいかない。って感じですかね。」
オムライスを食べながら、適当な言葉をサトルくんに向けた。
それに彼は納得いった様子で、もう家族の話を口にすることはしなかった。
「今日は土曜日だから学校は休みなわけね。」
オムライスを食べ終わる頃にサトルくんは言った。
「そうですけど…。」
「明日もブルームーンはライブだっけ?えーっと……」
空になったお皿とスプーンをキッチンのシンクへと運んだサトルくんは、冷蔵庫にマグネットで貼り付けられたカレンダーの前に座り込んで明日の部分を指差した。
ここからではそれも遠くてよ見えない。
ここの家のカレンダーには、ブルームーンのライブの予定が書き込まれているのだろうか?
ベッドから立ち上がり、サトルくんの背後まで行って、私もそのカレンダーを覗いた。
そこには、ムラサキ色のペンと、黒いペンと、赤いペンの三色を使っていろんなことが書かれている。
赤いペンでは、【数字〜数字】といった文字。
黒いペンでは、【リハ 数字〜数字】や【撮影 数字〜数字】【打ち合わせ数字〜数字】などといったもの。
ムラサキ色のペンではライブハウスの名前が書かれていた。
昨日の日付の欄にはムラサキ色のペンで昨日私がマミさんに押しつぶされたライブハウスの名前。
明日の日付の欄にもまた違うライブハウスの名前。
「これ、ムラサキのがブルームーンのライブ?」
「あー…そう。ムラサキがライブ予定で赤がねーちゃんのバイトで黒が俺。これ、二人とも把握してねーと家事の分担しづらいからさ。」
頭いいだろ!と自慢げにこちらを振り向いて、サトルくんは微笑む。
そんな彼と目が合うと、昨夜のように頬が熱くなった。
こんなに間近で男の子に微笑まれた経験の無い私。その上、サトルくんはみんなにイケメンと言われるだろう分野の容姿を持っているヒトだ。
慌てて視線をそらす私の手首を、サトルくんは掴んだ。
突然の事に驚いてしまった私は、反射的に掴まれた手を引こうとしたのだけど、サトルくんはそれを離さない。
「昨日のあの話、覚えてる?」
そしてそのままサトルくんに唐突に尋ねられた。
どうすればいいのか、なにを言うべきなのかを迷ってしまった私の手首を、サトルくんはぐいっと引いた。
床に座り込んだサトルくんに手首を下に引かれて、私も床にぺたんっと座る形になる。
引っ張られるままバランスを崩して膝を折った私に、サトルくんは顔を近づけて。
「俺がサツキちゃんを立派なバンギャに育ててあげる。」
吐く息すら鼻先にかかるような距離で、私の目をまっすぐに見たサトルくんがそう言った。
よく解らずに目を瞬く私。でも頬がもっともっと熱を持った事だけは解った。
それに気づいたのか、サトルくんはクスクスと笑い出す。
面白い珍しく動物でも見るような目で私を見ながら笑うサトルくん。
湧いて出た笑がやっと引っ込むまで、サトルくんは掴んだ手首を離してはくれなかった。
やっと手首を離してくれた彼は私の頭に指が長く細い掌を置いて。
「まずは、立派なバンギャになるには、バンドマンに本気で惚れちゃだめ。って事な。」
くしゃりと私の髪を一撫でして、サトルくんは言った。
バンドマンと言うのは、口にした彼自身も含む、バンドをやってる本人達の総称だ。
「もー。私、サトルくんには惚れてません!」
赤くなっているかもしれない、熱を持つ頬を隠すようにして、私は両サイドの髪の毛を手櫛で頬に撫でつけた。
「なんだよ。それ、ひどくね?」
言葉ではヒドイと言ってはいても、まるでそうは思っていない様子のサトルくんはまた肩を揺らして笑いながら立ち上がった。
そして、キッチンのシンクの前に立ち水道の蛇口を捻る。
食器の洗い物を始めた彼を見て、私は慌てて立ち上がる。
「洗い物、私がやります。ご飯作ってもらっちゃったし…」
言いながらサトルくん駆け寄ったのだが、シンクを覗くともうあとはお皿の泡を流すだけで洗い物は済んでしまう。
「いいよ。もう終わるし。」
水でお皿の泡を流してすすぎながら、サトルくんは言った。
「俺のオムライス美味かったでしょ?」
「はい。美味しかったです。」
「んなら、いーの。」
洗ったお皿を水切り用のカゴに二枚並べて立てたサトルくんはタオルで手を拭いた。
お皿洗いは完了してしまい、お世話になりながらも気の利かない自分が少し恥ずかしくなってしまった。
「サツキちゃん、今日は忙しいの?土曜日だしバイトとか?」
「バイトは私してないんで…学校でも禁止だし。」
「そうか。それは大変だな…。」
「いえ、別にお金に困ってるわけじゃないし。お小遣い、少しだけど貰ってるし。」
「よし。じゃあ、サツキちゃん。今日からバイト。」
「はい?」
「だから。バイト。ほら、行くよ!」
話の流れも事の成り行きも、よく解らないのだけど、そう言ったサトルくんの表情は何故かすごく楽しそうに見えた。
部屋のドアをそっと開けると、キッチンのあるサトルくんのスペース。
そこに一歩足を踏み出すと、マミさんではない、もう一人のこの家の主が居た。
サトルくんは、私に気づいてこちらを見た。
「おはようございます。」
挨拶の言葉をかけると、「おはよー。」っとサトルくんも声をかけてくれた。
サトルくんはキッチンの冷蔵庫を開けて冷蔵庫の前に座り込む。
「朝飯食ってく?これから作るし。サツキちゃんのも作るよ。」
冷蔵庫からいろんなものを出しながら、サトルくんは言った。
「あの…」
思いがけない申し出に驚いていると、サトルくんはキッチンで料理を始める。
「一人分も二人分も大差ないから、食ってって。マミとは飯の時間合わないから、ちょっと寂しいんだよね。正直なとこ。」
寂しいと言われてしまうと、断り辛くなってしまう。
特に急ぐ必要もないので、私は朝食も甘えることにした。
「その辺座ってて。」とサトルくんに言われたのだけど、座る場所がこのキッチン兼サトルくんのお部屋らしいとこには見当たらない。
立ち往生してしまった私に振り向いたサトルくんは、それを察知したようで。
「ベッドに座ってていいからさ。」
マミさんの弟とはいえ、男の子のベッドに座るというのも多少抵抗はあったが、他にどうすれば良いのか解らなかった。
とりあえず、黒いシーツのかかったベッドの端に腰を下ろしてバッグを膝の上に置いた。
キッチンに向かうサトルくんの後ろ姿が真正面に見える。
ベッドのすぐ脇にはギターが三本並べられていて、昨夜彼がギタリストだと名乗った事を思い出した。
音楽の趣味もなく楽器も弾けない私は、ギターに触った事などもちろん無い。
家族にも音楽をする人はいないので、こういう楽器が並んでいるような部屋は少し違和感を感じた。
1DKのマンションを、1のお部屋はマミさんがDKの部分はサトルくんが主に使っているようなこの姉弟のお家はキッチンや冷蔵庫とギターが並ぶ不思議な空間だ。
私の家はごく普通の木造一軒家で、キッチンやリビングはその名の通りの使い方。
両親の寝室があって、私の2つ上の兄の部屋、それから私と5つ上の姉が一緒に使う部屋。
10歳離れた上の姉はもう実家を出ているのでたまにしか顔を出さない。
自分の生活環境とだいぶ違って見えるマミさんとサトルくんの姉弟の生活に興味が湧いた。
「あの。なんでお姉さんと二人暮らしなんですか?」
こちらに背を向けて、ガス台でフライパンを振るうサトルくんに尋ねた。
「んーっと、家庭の事情っつーか……。うちの親、俺らが小学生の時に離婚しててさ。母さんのとこにねーちゃんも俺も居たんだけど、2年前に母さんも再婚してさ。旦那さんの仕事で今、仙台に居るんだよね。で、ねーちゃんは東京の大学だしってことでかな、俺らの父親が学費だけじゃなくここの家賃払ってくれる事になって…。んで、俺もここに居る感じ。一人暮らししてもいいんだけど、10歳位から母さん一人だったから、俺はねーちゃんと居るのが当たり前だし、一人よりは二人のが楽じゃん?それに家賃もかかんないし。…ほらできた。」
ほら。っと、サトルくんはベッドの前のローテーブルにお皿を置いた。
ふわりと湯気を上げるのは鮮やかな黄色に赤のかかったオムライス。
ケチャップの焦げた匂いが食欲をそそった。
「美味いよ。俺のオムライスは得意料理。」
そう言いながらサトルくんはスプーンを差し出してくれたので、私はそれを受け取った。
「いただきます。」と言って食べ始めたサトルくん。
私も同じ言葉を口にして、スプーンをオムライスに挿し入れた。
「サツキちゃんは兄弟いないの?」
サトルに尋ねられ、首を左右に小さく振って示す。
「姉が二人と兄が一人居ます。」
「そう。じゃあ大家族なんだ。楽しそう。」
大家族とサトルくんは言う。
兄弟が4人と両親が2人で6人家族なので大家族とも言えなくはないかもしれない。
一番上の姉は仕事の関係で東京の実家から離れて大阪にいる。
兄は私の二つ上で高校三年生だけど、学校には行かず不登校状態になってヒキコモリのような状態。
それが原因でか、母は兄にベッタリといった感じで、サトルくんの言う楽しそうな大家族ではない日常。
仕事で帰りの遅い父と5つ年上の姉。
学校から帰っても私は長い時間を一人で過ごす。
「そう楽しくもないですよ。」
家族の詳しい話はあまり他人にはしたくないので、サトルくんへはそう濁して言った。
「中に入っちゃえば、そーいうもん?」
濁されたサトルくんはよく解らないといった風で首を傾げてみせた。
でもそれは一瞬で、すぐにオムライスの乗ったスプーンを口元へと運んでゆく。
「多分、兄弟が多いからサトルくんとマミさんほど仲良しってわけにはいかない。って感じですかね。」
オムライスを食べながら、適当な言葉をサトルくんに向けた。
それに彼は納得いった様子で、もう家族の話を口にすることはしなかった。
「今日は土曜日だから学校は休みなわけね。」
オムライスを食べ終わる頃にサトルくんは言った。
「そうですけど…。」
「明日もブルームーンはライブだっけ?えーっと……」
空になったお皿とスプーンをキッチンのシンクへと運んだサトルくんは、冷蔵庫にマグネットで貼り付けられたカレンダーの前に座り込んで明日の部分を指差した。
ここからではそれも遠くてよ見えない。
ここの家のカレンダーには、ブルームーンのライブの予定が書き込まれているのだろうか?
ベッドから立ち上がり、サトルくんの背後まで行って、私もそのカレンダーを覗いた。
そこには、ムラサキ色のペンと、黒いペンと、赤いペンの三色を使っていろんなことが書かれている。
赤いペンでは、【数字〜数字】といった文字。
黒いペンでは、【リハ 数字〜数字】や【撮影 数字〜数字】【打ち合わせ数字〜数字】などといったもの。
ムラサキ色のペンではライブハウスの名前が書かれていた。
昨日の日付の欄にはムラサキ色のペンで昨日私がマミさんに押しつぶされたライブハウスの名前。
明日の日付の欄にもまた違うライブハウスの名前。
「これ、ムラサキのがブルームーンのライブ?」
「あー…そう。ムラサキがライブ予定で赤がねーちゃんのバイトで黒が俺。これ、二人とも把握してねーと家事の分担しづらいからさ。」
頭いいだろ!と自慢げにこちらを振り向いて、サトルくんは微笑む。
そんな彼と目が合うと、昨夜のように頬が熱くなった。
こんなに間近で男の子に微笑まれた経験の無い私。その上、サトルくんはみんなにイケメンと言われるだろう分野の容姿を持っているヒトだ。
慌てて視線をそらす私の手首を、サトルくんは掴んだ。
突然の事に驚いてしまった私は、反射的に掴まれた手を引こうとしたのだけど、サトルくんはそれを離さない。
「昨日のあの話、覚えてる?」
そしてそのままサトルくんに唐突に尋ねられた。
どうすればいいのか、なにを言うべきなのかを迷ってしまった私の手首を、サトルくんはぐいっと引いた。
床に座り込んだサトルくんに手首を下に引かれて、私も床にぺたんっと座る形になる。
引っ張られるままバランスを崩して膝を折った私に、サトルくんは顔を近づけて。
「俺がサツキちゃんを立派なバンギャに育ててあげる。」
吐く息すら鼻先にかかるような距離で、私の目をまっすぐに見たサトルくんがそう言った。
よく解らずに目を瞬く私。でも頬がもっともっと熱を持った事だけは解った。
それに気づいたのか、サトルくんはクスクスと笑い出す。
面白い珍しく動物でも見るような目で私を見ながら笑うサトルくん。
湧いて出た笑がやっと引っ込むまで、サトルくんは掴んだ手首を離してはくれなかった。
やっと手首を離してくれた彼は私の頭に指が長く細い掌を置いて。
「まずは、立派なバンギャになるには、バンドマンに本気で惚れちゃだめ。って事な。」
くしゃりと私の髪を一撫でして、サトルくんは言った。
バンドマンと言うのは、口にした彼自身も含む、バンドをやってる本人達の総称だ。
「もー。私、サトルくんには惚れてません!」
赤くなっているかもしれない、熱を持つ頬を隠すようにして、私は両サイドの髪の毛を手櫛で頬に撫でつけた。
「なんだよ。それ、ひどくね?」
言葉ではヒドイと言ってはいても、まるでそうは思っていない様子のサトルくんはまた肩を揺らして笑いながら立ち上がった。
そして、キッチンのシンクの前に立ち水道の蛇口を捻る。
食器の洗い物を始めた彼を見て、私は慌てて立ち上がる。
「洗い物、私がやります。ご飯作ってもらっちゃったし…」
言いながらサトルくん駆け寄ったのだが、シンクを覗くともうあとはお皿の泡を流すだけで洗い物は済んでしまう。
「いいよ。もう終わるし。」
水でお皿の泡を流してすすぎながら、サトルくんは言った。
「俺のオムライス美味かったでしょ?」
「はい。美味しかったです。」
「んなら、いーの。」
洗ったお皿を水切り用のカゴに二枚並べて立てたサトルくんはタオルで手を拭いた。
お皿洗いは完了してしまい、お世話になりながらも気の利かない自分が少し恥ずかしくなってしまった。
「サツキちゃん、今日は忙しいの?土曜日だしバイトとか?」
「バイトは私してないんで…学校でも禁止だし。」
「そうか。それは大変だな…。」
「いえ、別にお金に困ってるわけじゃないし。お小遣い、少しだけど貰ってるし。」
「よし。じゃあ、サツキちゃん。今日からバイト。」
「はい?」
「だから。バイト。ほら、行くよ!」
話の流れも事の成り行きも、よく解らないのだけど、そう言ったサトルくんの表情は何故かすごく楽しそうに見えた。