車椅子から見える愛
食事が終わるとやっと教授との面接。
そのときに何を言われたのか思い出せない。
ひとつだけ覚えているのは
「障がいを持った子で、こんなに表情の豊かな子を見たのははしめて、ほんと表情豊かだ」
その言葉をどう受け止めればいいのか、わかるはずもなく、私たちは喜んだフリをしたような気がするし、そのときはほんとに喜んだのかもしれない。
かりんの脳障害は治るのではないか。
その期待は大きくなったのは確かだ。
ただし、検査というか、心理テストというか、その結果は
「0歳児の知能ですね」
あの研究所に行ったとき、かりんは何歳だったのだろうか?
その言葉にとてもショックを受けたのだから、もう2歳くらいだったのだろうか?
当時のハッキリとした記憶もなく、資料もなく、キチンとしたことが書けなくて申し訳ない。
25歳の今のかりんに、当時のことはもうあまり関係のないことで、かりんのことを手記にしてということも考えていなかった。
闘病記みたいなものを書いてる方のを拝見すると、ほんとに細かく記録を残しているのだなと関心するが。
かりんの脳障害は治ると思っていたあのときに、かりんのことを手記にすることなど頭にはなかったのだ。