山神様にお願い


 意図がわからなくて瞬きしながら言うと、相変わらずキャップの淵からこちらを見ながら店長が言った。

「俺だけそんな呼ばれ方、寂しいなー」

「・・・はあ、そうですか」

「つれない返事」

 うん?何だ、この人?こんなところで拗ねキャラとかやめてよ、そう思ってチラリと見ると、意外にも真面目な視線とぶつかってうろたえた。・・・わ、笑ってない・・・。

「・・ええと・・・何なんですか、店長?」

「虎って呼んでみて」

「え、いやですよ」

 普通に私がそう返すと、彼は突然ガバッと身を引き起こした。それだけで、もの凄く驚いた。

 帽子が落ちて、塩で乾いてパラパラになった黒髪が額をこする。細めの瞳を更に細めて、店長がぐいっと顔を寄せてきた。

「うわあ!?」

 ち、近い近い近い~っ!!

「言え。虎さんですよー」

「いや、だって店長の本名はトラじゃないでしょ!?」

 私は両手を後ろについて、何とか店長から身を離そうと努力しながら叫ぶ。

「じゃあ虎太郎さんって呼ぶの?」

「呼ばないですってば!!」


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