山神様にお願い


 これ、酷くないですか?神様が案外意地悪なのは、古今東西どこの神話にものってることだけど、さ。それとももしかして、店長がいなかったから神様も不在だったわけ?だからこの店のバリヤーかなんかが、なかったってわけ?

「そこにはいないんですか?店長についていっちゃってるんですか?」

 勿論、壁の飾りからは返事はない。私はしばらく膨れたままで壁を睨んでいた。

 龍さん、大丈夫かな。顔の一部が結構な紫色になってたよね。それにツルさんも。警察で嫌な思いしてないかな。お腹すいてるだろうな。ウマ君は、オーナーさんに会えたかな。焦ってバイクで転んだりしてないかな。

 ガックリと肩を落とす。私が今、彼らの為に出来ることがないっていう事実が、悲しかったし痛かった。

 だけど、私だって店長に指示されたじゃないの。

 さて、と声を出して立ち上がる。もう一度、頬を両手で叩いた。

 言われたことをしよう。戸締りと、帰宅。いつまでもここにいたって一緒だし、その間にも時間はどんどん過ぎていく。

 野次馬が遠くからチラチラみている店の外へ出て、そそくさと暖簾を仕舞う。そして表の鍵をしめて、キャッシャーの鍵をかけた。電気を消して、鍵はいつもの場所に仕舞い、鞄と私服をもって裏口から出る。

 裏口のドアの鍵はかけないで、歩き出した。

 飛び散ったガラスの破片で指を切っていたと気付いたのは、部屋に帰ってからだった。

 ツルさんに、店長に電話をかけた時からのことをメールをしている時に気付いた。あ、怪我してるじゃんって。

 その指先の赤い血が、蛍光灯の下でやたらと生々しく見えた。

 私は顔を顰めて指を口の中に突っ込む。

 指からは、鉄の味がした。



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