山神様にお願い


 私はつい叫んでしまった。

 店が休みになって、時給が稼げないのは勿論痛いけど、家庭教師を辞めたときに「今までの息子からの精神的迷惑料」だと言って阪上家のご両親から退職金が振り込まれていたので(辞退を申し出たけど聞いてもらえなかった)、お金は大丈夫だ。

 それよりも、龍さんが腕に怪我ってことに衝撃を受けた。

 電話の向こうの店長はさら~っと言う。

『うん、よりにもよって腕。いっそのこと頭でも割ってくれてたら良かったんだけど。それか、料理人生命が終るくらいの右手損傷とかね』

 ・・・いや、死んじゃうでしょ、それでは。店長の声は真剣みが感じられたので、今度は恐ろしくて突っ込めなかった私だ。

『さっき龍さんに会ってきたんだけどねえ~、さすがに大人しく謝ったよ。一切言い訳せずに、悪かった!!って叫んでた。それと、迷惑かけたあの客ね、ヤツらも告訴はしないということになったんだ。うちの従業員が先に暴れて怪我をしたことを水に流す代わりに、こちらも店の損害賠償は請求しない、ということで話がついた』

「はあ」

『喧嘩両成敗で、お互いが謝罪して警察には抵抗もしなかったから、厳重注意で済んだんだ。正直そこまでして龍さんを守る必要があるかは悩んだとこなんだけどね、まあ俺も居なかったし、龍さんを警察に迎えに行ったオーナーがそれでいいって言うならね』

「え、じゃあお店の弁償は?」

 彼らが壊した食器の数々を思って、思わず私は声をあげる。すると冷ややかな店長の声が流れてきた。

『龍さんに払わせるよ勿論。正当防衛でもないのに客に手を出したんだ。怪我はあっちの方が明らかに酷いし、龍さんが前科にならないようにオーナーが守ったんだから、土下座したくらいじゃ割りにあわないだろ』


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