山神様にお願い
彼の背中に向けて手を伸ばしかけたその時、既に歩き出した店長が、数歩いってからおもむろに振り返った。
「じゃあ、またな。戻ったら連絡する。留守中、店宜しくねー」
にーっこりと、いつもの大きな笑顔。あ、笑ってる・・・それを見て私は出しかけた手を引っ込めて、慌てて返事をする。今度は大きな声で。
「はい!あの、気をつけて行ってきてください!」
「おー」
片手を高く上げて、そこでヒラヒラ振りながら、夕波店長は背中を向けて歩いていってしまった。
背中が曲がり角で消えるまでを突っ立って見送った。
私は自分の部屋の前で、やはり腫れている唇を触る。
温かくて、苦しくて、それでもって柔らかくて心地よいキスを思い出して。
私はまだ、店長に惚れてない・・・?このしっとりと全身を満たす温かい気持ちは、紛れもない‘好意’だと思うんだけど、違うのかな。それではダメなのかな?
店長が歩いてあけたあの数歩の距離を、凄く遠く感じた、あれは何だったんだろう。
「はあ・・・・全く」
ため息をついた。
・・・恋愛って、難しい。