幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜








広間にくるようにとかつての試衛館の仲間に呼びかけるため、譲はひとつひとつ部屋を回っていた。







そして、総司の部屋にたどり着き、一応声を掛けてから障子を開ける。





総司とは昔からずっと一緒のせいか、何の合図もなしに互いの部屋に勝手に入ってしまう癖があった。だがお互いにそれなりの年頃になり、さすがに一人前の大人として認められる儀式――元服以降はその行為を慎むようにした。








だがもとはといえば、いちいち声を掛けなければいけなくなった理由は、なぜか試衛館に居候していた左乃さんや食客だった平助、斎藤君に土方さんに厳しくそのことを注意されたからだ。










別に恋仲でも伴侶でもないのに、そのような軽率な行為をするべきではない。








無論、譲にはさっぱり意味が分からなかった。







むしろ恋仲であるほうが相手に気を遣わなければならないのではないだろうか。







幼い頃から知っているのだし、別にそんなこと気にする必要もないじゃないかと抗議してみると、四人は仲良く口を揃えて、








『いいからやめろ』





と言うだけだった。






もちろん、今の譲にも四人の心理は解せないが。







譲は部屋に入ると、がらんとした雰囲気を不審に思う。







そして、目を閉じてよく耳をすませると、ほんとうに微かだが、普通にしていれば聞き逃してしまうような、消え入りそうな呼気が押入れの中から聞こえた。







譲はここが人の部屋ということを気にしないでどかどかと部屋の奥まで入り、がらっと押入れの戸をひきあける。






案の定、そこには総司がいて、【豊宝発句集】を熱心に読んでいた。








あまりにも一心不乱に読んでいるため、少々声を掛けづらかったが、気を取り直すと、総司の手から句集を取り上げる。








「あっ!」





物をとられた子供のような幼い声を上げてからようやく譲に気がつく総司。







「譲……。どうだった?逃げられた?」






興味津々に聞いてくる総司に背を向け、譲は意地悪にべーっと舌をだす。






「残念ながら、捕まりました。おかげで酷い目に遭いました。これを返さないと首がとぶので、返しにいきます」





感情を込めず言葉を紡ぎ、そっけなく言うと、総司がしゅんと表情を曇らせた。







「そ……それは……ごめん」






意外にも真面目に謝られたので、譲は面食らった。






ほんの冗談のつもりでわざと態度を変えたのに。







譲は冗談を取り消すかのようににこっと笑った。







「嘘よ。別に何にもされてないから。でも首が飛びそうなのは本当。だから、返しにいくね」









そう言ってひらひらと句集をかざしながら出て行く寸前で、譲はここに来た本当の目的を思い出して、ああと声を上げる。







「斎藤君が浪士組に入隊するから、みんな広間に集まってるわよ」









振り返って簡単に告げると、総司の顔色が少し変わった。






喜びに似た違う別の気持ちが高ぶっているようだ。








(そりゃそうよね)






ふらりと試衛館に現れた斎藤君に、試衛館の看板だった総司は相当の苦戦を強いられた。総司とここまで互角に渡り合えた人物を譲は自分以外に初めて見た。









激戦を繰り広げた末、勝利したのは総司だったが、以来ずっと二人はお互いを高めあうことができる相手として、よく剣術を競っていた。











「じゃあ、このまま僕も行くよ」







総司はどこかわくわくしたような光を目に浮かべ、譲の前へ躍り出る。







先へ進むそんな総司を譲は追いかけた。





































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