幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
























「譲………」
















譲が自室に戻るために角を曲がり、その背後が完全に見えなくなると、平助は静かに、彼女の名を呼んだ。










消え入りそうな、力のない、弱弱しい声で。











だが、誰もがやるせない思いと脱力感に襲われていた。












左之さんは悔しそうに拳を握り締めているし、しんぱっつあさんも険しそうに眉を寄せて、山南さんもその眼鏡を曇らせている。











源さんは切なそうにまだ譲が歩いた道を見つめているし、斎藤君は、じっと己の刀を見下ろしている。










土方さんは「くそっ」と怒鳴って、壁に八つ当たりしている。












皆は思い思いの感情を露わにしていた。

















譲が人を斬った。
















今までずっと一緒に衣食住を共に過ごしてきたからこそ、誰よりもひたむきに仲間を大事に思う健気な彼女だからこそ、誰も譲に人を殺してほしくなかった。
















今………近藤さんはどんな顔をしているだろう。











平助はとても、近藤の顔を見ることなどできなかった。










だって、自分が近藤さんの立場だったらきっと耐えられないから。












慈しみ、愛し、大事に育ててきた娘が人を斬った。













芹沢さんから聞いた話では、殿内は近藤さんの暗殺を企てていたらしい。
















この……浪士組という場所を護るために、近藤さんを護るために、譲は人を斬った。

















譲の性格を考えると、きっと………何の躊躇いもなく。
















自分を護るために、自分が大切にしてきた娘が刀を振るう。















こんな苦しみがあるだろうか。











残酷にもほどがある。
















それにここには、総司はいない。













(あいつ………このことを知ったらどういう反応するかな)












もしかすると、もう譲に会ったのかもしれない。











総司にとっても、これは辛いはずだ。













きっと誰よりも、今まで譲の傍にいたのはあいつだから。












気持ちの整理がつかず、どこかでたそがれているかもしれない。
















(俺は………)












どうする?











平助は瞑想した。




























< 144 / 261 >

この作品をシェア

pagetop