幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
譲が屯所を出たのをしかと見届けると、土方はある場所へ向かった。
そこには砂の上に四方に緑のない畳を敷き、その上に浅葱色の衣をまとっている家里の姿があった。
手足を縛られ、息をしていないかのようにじっと身動きせずにいる。
その隣では磨き上げた刀を持った総司が土方の帰りを待っていた。
足音に気付いたのか、土方の姿を認めると、総司は少し苦しげに笑った。
「これから僕が介錯するときに、一体どこに行っていたんですか」
不満を口にする総司をよそに、土方はすでに覚悟を決めている家里を見る。
「覚悟は……、できてるみてぇだな。
おめえは局中法度を破った。だから、切腹だ。分かってるな」
「全て承知にございます」
「いい覚悟だね。ま、僕が介錯でよかったね。痛みを感じさせることもなく、あの世へ逝かせてあげるから」
総司がちらりと土方に目を配る。
「ああ、始めてくれ」
総司が一歩、家里から下がり、刀を振り上げる。
家里はぐっと歯を食いしばったまま、息を止める。
風が止む。
刹那、総司は迷うことなく、その刀を振り下ろした。
血飛沫が飛び散る。
鳥たちが慌てて逃げるかのように飛び去っていき、木々が揺れた。
総司は顔色を少しも変えることなく、刀についた血を振り払うと、滑らかに鞘に収めた。
寸分の狂いもない。恐らく家里は、痛みを感じることなく、絶命しただろう。
無残なその姿を見ても、総司には何の感情も湧かなかった。
衣についた血を洗おうとさっさと井戸に向かおうとすると、土方が呼び止めた。
「お前………大丈夫か?」
土方の言っている意味がわからず、総司はにこりと笑う。
「何を言ってるんですか?僕はこの通り元気じゃありませんか。おかしなとこを言うんですね」
そう何でもないかのように言って、総司はスタスタと去って行く。
その後ろ姿を見ながら、土方は僅かに目を細めた。