幕末の神様〜桜まといし龍の姫〜
平助の逃げ足は速く、譲も割と足は速いほうなのだが、追いつくのには時間がかかった。
おそらく、自分がこんなに失速している原因は籠に入っている食材のせいだと思い込みながら、譲は乱れた呼吸を整えるべく、走ることをやめる。
一体、どこに行ったのだろうかと辺りに目を配らせながら歩く。
すると、ある橋の上で、探していた人影を見つける。
「見つけたー!」
そう叫んで駆け足で近付くが、平助は譲とは対照的な態度だった。
それどころか、譲の声に振り返ることもなく、真剣な目つきで橋の上に立てられている瓦版(かわらばん)を見つめている。
平助の一心に瓦版を見る雰囲気に、譲の気分もがらりと変わる。
とんとんと肩を叩くと、平助はようやくこちらに気がついた。
しかもなぜか、目が爛々と輝いている。
どうしたのかと問うより先に、平助の口が開いた。
「これだよ…!これ!これなら、もうお前が吉原で働かなくていいし、俺たちも自分たちの力を存分に発揮できる!それに、貧乏な今の暮らしからも脱出できるぜ!一石二鳥どころか、一石三鳥だぜ!」
興奮冷めやらぬ様子で語る平助を隣に、譲も瓦版を見る。
それは、将軍警護という名目で浪士を募集しているものだった。
譲は眉をひそめる。
(幕府………)
譲の中で、先程とは違う思いが煮えくり返る。
自分の一族を滅ぼした幕府。
正直、幕府の警護、幕府に仕えるなど、虫唾が走るほど嫌だった。
(でも……)
この募集に参加すれば、資金として相当な金が手に入る。
平助が、もう吉原で働く必要などないと言っていた理由もわかる。
(…………)
だが、複雑な思いは隠せなかった。
それから、るんるん気分の平助と一緒に帰ったことは、譲は半分覚えていなかった。