ほどよいあとさき


仁科さんと相模主任に、自分の父親のことを言えずにいる歩の心境は、本人にしかわからない重い荷物なのかもしれない。

会社の上層部からの厳命によってそうすることを余儀なくされたけれど、少し前に、仁科さんの双子のお兄さんが「設計デザインコンクール」で大賞を受賞し、相模主任はもとより社内に仁科夫妻の娘だと知れ渡ったこともあり、仁科さんの立場は少し変化したらしい。

既に会社を退職して長い私には、細かい部分まではわからないけれど、歩から聞いたところによれば、仁科夫妻の娘であるということよりも、相模主任との結婚のほうが社内で話題になり、特に気を遣うほどの騒ぎにはならなかった。

そして、仁科夫妻が亡くなってからかなりの時が経っている今、二人の功績は知っていても直接二人と触れ合うことがなかった世代が増えてきた社内では、静かな仁科夫妻ブームが起こり、二人が過去に携わった物件を新たに見直す動きも出ていると聞いた。

仁科さんだって、ご両親の功績を改めて知ることによって生まれた新たな意欲とともに、仕事に励んでいるらしい。

そんな毎日を送る、歩がその様子を気にかけてやまない仁科さんは、相模主任との結婚の日を迎え、幸せそのものだ。

妊娠していることもわかり、まだまだふくらみは目立たないながらも既に母親の意識に目覚めたのか、式や披露宴の間中お腹に優しく手を置いて守るような仕草を見せる仁科さんは、輝いていた。

隣に立つ相模主任も、以前見せていたそっけない笑顔とは全く違い、気持ちを緩めた表情を隠そうともしていない。

絶えず仁科さんの腰に手を回し、絶対に手放さないと周囲に知らしめている姿はまるで高校生の男子のようだ。

白いタキシードが、整った見た目に似合いすぎて、取材で集まったマスコミの女性記者たちの目も奪っていた。



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