魅惑のハニーリップ
「……なんですか?」

 中をそっと確認すると、ケーキが入っていそうな白い箱が見えた。

「遥ちゃんって、甘いもの好きだったよね? 昨日元気がなかったから、それ食べて復活してほしくて買ってきた。休憩のときに食べてよ」

「ありがとうございます」

 すごくうれしくて、思わず頬の筋肉が緩んだ。私は至極単純にできている。

「あ、笑った! 喜んでくれてよかった。買ってきた甲斐があったよ」

「そりゃ喜びますよ。ほんとにうれしいです。味わって食べますね」

 もうこのときには私の表情は、確実に満面の笑みになっていたと思う。

 甘いものの差し入れに単純に喜んだだけではなく、 元気がない私への、宇田さんのちょっとした心遣いがうれしかったから。
 私の笑顔につられてか、宇田さんもいつもどおりのやさしい笑顔を見せてくれた。

「悪い。俺、このあと得意先とアポがあるんだ」

 チラっと腕時計を確認して、宇田さんは小さな溜め息を吐いた。
 会社でこんな風にバッタリと会うときはいつも、宇田さんはせわしなさそうにしている。

 営業部のエースは常に時間が足りないくらい、アポイントや出張も多いと思うから仕方ないことだけれど。

「ごめんね。なんかいつも話す時間もなくてバタバタしてるな」

「あ、いえ……宇田さんが忙しいのは知ってますから」

「今度、一緒にメシでも行こうよ。そのときはもちろん、和久井とか抜きだから!」

「……はい」

「ってことは、デートだからね!」

「え?!」

 少し冗談っぽく笑って、宇田さんは元来た通路を引き返していく。
 振り返って、私にひらひらと軽く手を振ってくれた。

 最後の言葉は……冗談だよね?
 そんな感じの言い方だったもの。
 わかっているのに、なんだか一瞬ドキっとしてしまった。

 はぁ……私はなにをやってるのだろう。
 宇田さんにとったら、後輩を元気付けただけなのに。

< 35 / 166 >

この作品をシェア

pagetop