トイレキッス
長い沈黙のあとに拍手が鳴りひびいた。
芝居が終わったのだ。
ミツキがビデオデッキの停止ボタンを押した。そして、ビデオテープを巻きもどしながら聞いた。
「どやった?」
洋平は我にかえった。まだ意識の半分が、芝居の世界の中にいた。
「うん」ため息をついてから、つぶやく。「悲しい話やったけど、なんかすごかったわ」
「そやろ?」ミツキがうれしそうに笑う。「わたしもこれを見たとき、めっちゃ感動したんよ。演じてるのは仁さんひとりやのに、すぐ側に女のひとが立ってるみたいやったやろ?それがすごい不思議で、でも違和感はまったくないんよね」
「わかる、わかる。おれもそう思た」
「それに、気付いた?仁さん、女のひとと話してるシーンの間、ずっと視線の角度を一定に保ってたんよ。まるで、そこに女のひとの顔があるかのようにね。そんな細かい演技の積み重ねで、観客に女のひとの姿をうまく想像させてたってわけ。わたし、これ見て、すぐ演劇部入ろうって決めたんよ。他の部員のひと達も、何人かは同じ理由で入部したんやと思う」
巻きもどしが終わると、ミツキはビデオデッキからテープを取り出した。ケースにしまって、本棚にもどす。
洋平はふと浮かんだ疑問を口にした。
「それにしても、なんで一人芝居なんやろ?他の部員はどうしてたん?」
「部員はおらんかったんよ」
「え?」
「去年の文化祭のとき、演劇部はまだできてなかったの。さっき見た芝居は、一般生徒の自主発表として、仁さんがひとりでやったんやて。まあ、照明は友達に手伝ってもらったけど、それ以外の台本や演出を考えたんは、仁さんひとりだけ。演劇部ができたんは、文化祭のあと。あの芝居を見て感動した当時の一年生、つまり、いまの二年生のひと達が、仁さんを誘っていっしょに作ったんよ。つまり仁さんは、演劇部の創立者ってわけ」
「すごいひとなんやの」
ミツキは強くうなずいた。
「わたしね、仁さんにすごく憧れてるんよ。仁さんみたいに、いい演技ができるようになりたい。本気でそう思とる」
それを聞いて、洋平は仁さんに嫉妬した。
まさか、川本は仁さんのことが。
そんな不安を感じた。
しかしその思考は、ミツキの次の一言で一時停止した。
「ねえ、これからどうする?」