トイレキッス
「え?」
その瞬間、いま自分はミツキとふたりきりであることを思いきり意識してしまい、洋平の頭は急激に沸騰した。
「昼ごはんは食べたし、ビデオは見たし。えっと、まだ一時半やね。何かやりたいことある?」
「いや、とくにないけど」
「そっか、どうしよ?」
そこでふたりの会話はとぎれた。
なんとなく、互いに見つめあう。
洋平は顔を赤らめてすぐに目をそらした。
それでもミツキは洋平を直視しつづけていた。
そよ風がふき、カーテンが小さくゆれた。神社の境内の方から、子供の遊ぶ声がかすかに聞こえてくる。洋平は指をもてあそびながら、せわしなく部屋を見わたした。
沈黙はしばらくつづいた。
「ねえ」
ミツキが口をひらいたとき、洋平はとつぜん立ち上がり、
「おれ帰るわ」
と言って早足で部屋から出た。ミツキがあわてて追いかけてきた。
「どしたんでいきなり?」
「ごめん。用事思いだしたんよ」
「用事って何な?」
「いや、親父の畑仕事をな、その、とにかく急用なんよ」
洋平は何度もあやまりながら家を出た。
そして急いで神社の境内を通り、石段を二段飛ばしで降りていった。ミツキが、ちょっとちょっと、と言いながらついてきた。
「芝居のビデオおもしろかったわ。今日はありがと。それじゃ」
その言葉を最後に、洋平は自転車に乗って走り出した。数回ペダルをこいだところで振り向いてみると、ミツキが納得いかないといった表情でこちらをにらんでいた。それにむかって小さく手をふってから、洋平は前に向きなおった。
そのまま十分程走り、人気のない田んぼ道にはいったところで、洋平は自転車を止めた。
「何やっとんでおれは」
ハンドルに頬をのせて、うめいた。
ミツキとふたりきりという緊張感に耐えられなくなって、嘘をついて逃げてしまった。まったく情けない男だ。
「こんな機会めったにないのに」
自己嫌悪に包まれて、洋平は頭を抱えた。