トイレキッス
仁さんが立ちあがって言った。
「それじゃあ、おれらも帰ろか」
「あ、はい」
洋平は座敷から降りて靴をはいた。
そのとき、トイレのドアがひらいて中からミツキが出てきた。
洋平はおどろいた。
ミツキは洋平を見るなり、いきなり大声をあげた。
「起きちゃったの?」
「え?ああ、うん」
「タイミング悪いなあ、もう」
頬をふくらませてこちらをにらむ。
洋平には何がなんだかわからない。
仁さんがにやつきながら、ふたりを見比べている。
洋平はとまどいながら聞いた。
「タイミングって何な?」
「何でもない」
ミツキは肩をいからせながら、勢いよく歩いて店から出ていってしまった。
きょとんとする洋平にむかって、仁さんが笑いながら話しかけた。
「おまえ、川本に相当好かれとるぞ」
洋平がふりかえると、仁さんは語りだした。
「おまえが起きる少し前までな。川本はおまえに膝枕しとったんよ。『麻見君が目覚めると、わたしの膝の上だった。そういうの、やってみたい』そう言って、川本は、気絶したおまえの頭をずっと膝にのせとったんよ。おまえ、どれくらい気絶しとったと思う?」
「さあ、三十分くらいですか?」
「二時間じゃ、二時間。他の部員が帰ったあとも、ずっと川本はおまえに膝枕したまま少しも動かんかった。足のしびれを我慢しながら、川本はおまえが起きるのを待っとった。しかし、突然おそってきた尿意に耐えられず、ついさっきトイレに行ってしまった。そして用をすませてトイレから出ると、おまえは起きてしまってる」
ミツキは、洋平の目覚めるタイミングが悪いと言って怒ったわけだ。