アンコクマイマイと炎の剣士
都の酒場でスリサズは、ちゃんと聴いていたはずだ。

この町の町長の一家が、十八年前に行方不明になった話を。

それ以前に書物で読んでいたはずだ。

人を喰らい、人の記憶を取り込んで、人に成り済ます魔物の伝説を。

「キャアア!!」

「…!」

駆けつけたロゼルが、皮の水筒を触角目掛けて投げつける。

水筒から粘りけのある透明な液体が飛び散り、アンコクマイマイが怯む。

その隙にロゼルはスリサズを助け出した。

「走れ!」

「ロゼル! 今のあれは何の薬?」

「…食堂で出されたコーンスープだ」

「へ?」

「…こんな天気が二十年近く続いているのに、トウモロコシが育つわけがない。
…だから飲んだフリをして手をつけなかった」

「あ」

「…穀物だけなら、保存も利くし、他所から運んできた可能性も考えられるが、君が頼んだチキンソテーを見て確信した」

「うげげっ! オエエエエッ!」

「…後にしろ。
…来るぞ!!」


アンコクマイマイの巨体が、カタツムリとは思えないスピードで、まるで暴れ牛のようにロゼル達目掛けて突進してくる。

ロゼルは剣を構え、その刀身に魔力の炎をまとわせる。

雨の中、魔力だけで炎を燃やし続けられる時間は短いが、剣だけで戦うよりかは威力が出せる。

しかし…


ガッ!!


アンコクマイマイの身に斬り込むはずの刃は、とっさに伏せられた殻に阻まれ、あっけなく折れ飛んでしまった。

「…くっ!」

アンコクマイマイが大口を開け、武器無き剣士を丸飲みにせんと襲いかかる。

「氷の蔦!」

スリサズの煌めき透き通った魔力が、ロゼルの脇を抜けて飛び、アンコクマイマイに絡みつく。

それは一瞬だけ魔物の動きを留まらせ…


パキン。


簡単にへし折られた。
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