ある考古学者とその妻



机の上にある灰皿にはタバコの吸殻が山になっている。
狭い部屋に薄く漂う白い煙は、目の前に座る男が生産しているのだ。
髪や服に付くと言うのにお構い無くプカプカタバコを吹かすのが気に食わない。
緩く巻いた茶色の髪を肩で揺らし、猫目を細めて睨みつける。

「…二階堂、何だょ。ご機嫌斜めだな、生理か?」

机の前に立ち塞がる女を、ヤル気無さそうに頬杖をつきながら上目遣いに見る無精髭の男。

二階堂麗子は、編集長とは名ばかりの上司、山内和樹の前にどさっと資料を積み上げた。

「煩いです。それより今月の特集は、『篠山遺跡』北方良一で良いですね。」

山内は、資料の一番上の端をペラっと持ち上げて一瞥し、興味も無さそうに放り出す。

「アポ取れたのか?かなり気難しいタイプだから気を付けろよ。機嫌を損ねたらうちの取材受けてくれなくなるぞ。」

と、言いながら灰皿の吸殻を漁り、比較的長いそれを摘まみ火を付ける。
タバコをくゆらせながら、競馬の予想でもしているのだろう、その手の新聞を広げ、赤丸を付けるのに忙しく、私にはもう目もくれない。

「編集長、うちは吹けば飛ぶ様な弱小出版社ですが、最低限のやり方位心得て居ます。何より仕事のやり方は、編集長が御指導下さいましたわ。」

にっこりと微笑む私。
自己暗示、自己暗示、優雅に微笑む私。
けど、顔に張り付けた笑みは崩落寸前。
仕事しろってんだよ、コラァ!
…という言葉を無理矢理飲み込み、資料を持つと踵を返す。

こいつに用など無い。
GOサインさえ有れば、後は私が好きにやるんだから。

「あ、そだ二階堂。」

呼び止められ、麗子が眉間に皺を寄せたまま振り返れば、やけに懐こい笑顔が無駄に輝く。

あの笑顔は第一種警戒体制。
少したれ目の山内は、たしか今年34才。
バツイチこぶなし。
無精髭がちょいワルオヤジを演出して、以外にモテるのだと噂に聞いた。
とてもそうは見えない。

「ピース買って来て。黄色のやつ三箱。お願い。」

可愛らしく小首を傾げるオッサンに、私の大して丈夫でも無い堪忍袋の尾がきれた。

「…ふざけろおっさん。一人しかい無い大事な稼ぎ手を、パシリにつかおうなんざ馬鹿か、干上がりたいの?仕事しろ仕事!あぁ!」

「こっわ、麗子ったらそんな事言わないの。つか、先月の販売促進会議でさぁ、お前の雑誌、発行部数縮小に伴い予算さんじゅっぱーせんとカットになっちゃった。わりぃ。」

一瞬耳を疑ったよ。
固まったまま、頭の中で反芻する。
さんじゅっぱーせんと?
30%…カット。

「はぁぁぁっ⁈ふざけろ!」






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